ああでもない こうでもない、と 思案に暮れていたら 日まで暮れてしまった 山積みの書類を横目でちらりと見て はぁ…と 深い溜息を吐いた 溜息を吐くと幸せが逃げる、なんて言うが 溜息でも吐かないと毒素的なモノに全身侵されそうだ 「真面目に考えすぎるのはアレか?日本人気質ってやつ」 ビールジョッキを片手にそう言った アイツの呑気な面構えが脳裏を過った そういえば もう一週間以上彼と会っていない ルートヴィッヒならさておき、ギルベルトの事だ ・・・もしや 彼なりに私の事を 「気遣って…る……訳 ないか」 きっと彼も 私と同じように 仕事が忙しいのであろう あまり仕事をしているようには見えないが 時間があるなら確実に電話の一本でも寄越すであろう、 暇だから来い!…なんて 書類を片手に 三週間振りに議会へと足を運んだ エントランスでフェリシアーノと出くわした 彼とも三週間振りの再会である 「ちゃん久し振りー!……あれ なんか臭い」 「これは日本の香りよ…ほら、湿布」 そう言って シャツの襟元を捲り 右肩に貼ってある湿布を見せた 湿布の臭いを日本の香りなんて表現したら 菊から苦情が来るだろうか 「ちゃんって真面目だからなぁ 休憩しないと身体壊しちゃうよ?」 「皆より効率が悪いの、だから頑張らないと」 「そんな事無いのに…ねぇ?」 フェリシアーノは誰に同意を求めているのだろうか、と 後ろを振り返る …背後にルートヴィッヒが立っていた事に まるで気が付かなかった 「ルート いつから居たの」 「これは日本の香りよ、の辺りから 此処に居たが」 人の気配すら分からない程に疲れているのだろうか しかし 弱音を吐いている余裕は無い、仕事は湯水のように湧いて出てくるのだ 「さん、最近見掛けなかったが 兄さんとまだ仲直りしていないのか」 「……仲直り?」 彼と喧嘩なんてしただろうか そんな記憶は無いのだが 「一週間程前に口論していただろ?あれから会っていないようだから…」 ああ そういえば何か言い合いをした気がしなくもない もしかして 私は喧嘩した事まで忘れていたのか――些か 眩暈を感じた 「兄さんがミイラのようなんだ、許してやってくれないか」 許すもなにも 如何して喧嘩したのかを覚えていないのだ …そうか 喧嘩していたから電話もメールも一切来なかったのか 「ルート、私って最低ね」 全てを 失ってしまいそうな気がする 終わらない仕事 満身創痍の身体 私の愛しい ひと ・・・それだけは 嫌 * * * 脳内で組み立てていた予定を変更し 私は彼の家へと向かう事にした 書類は一応持ってきた リビングを覗くと“ミイラ”がソファに寝転がってテレビを眺めていた 口が半開きで 本当に魂が抜けているような顔だ テレビ番組の内容なんて 確実に頭に入っていないのであろう 「随分だらしのない顔だこと…」 そう呟くと ギルベルトが半身を起こして此方を見つめた 「あー・・・お前も相当酷い顔だぞ、鏡を見てみろ」 「知ってる」 「しかも臭ぇし…絶対抱けねぇ」 私はそんなに湿布臭いのだろうか そして最後の一言は余計である 「ギル、ごめんね」 「…何が?」 貴方を蔑ろにしていたから、なんて ドラマのヒロインのような科白は言えなかった 私に 女優のような華やかさは無い 湿布臭い 草臥れた一人の女だ 「を見ていると いつか消えそうな気がして怖ぇんだよな」 「別に 消える予定は無いから安心して…」 ブラウン管から 激しいロック音楽が流れている これが所謂ヘヴィメタってヤツだろうか ギルベルトは好きそうだけど 私はこういう音楽 得意じゃない 「は仕事が好きか?」 私は黙って首を横に振った 嫌いという訳では無いのだが 全くもって好きではない 「でも 逃げる訳にはいかないでしょ? 引き受けた仕事は最後まで責任を持って…」 「お前って 本当に断れない性質だよなー」 だから使われるんだよ ――微かに聞こえた彼の呟き 自分がいいように使われている事なんて 言われなくても分かっている ソファに腰掛け 無言でギルベルトの肩に寄りかかった 途端、眠気に襲われる 「おいおい もう寝る気か」 「なんだか眠くなってきちゃって…」 「・・・、俺か仕事か どちらか選べ」 その一言が私の脳味噌に吸い込まれた瞬間 眠気が明後日の方向へと吹っ飛んだ 「なに…そのドラマみたいな科白」 「頑張るのは結構だが 中途半端だと思わないか?自分で」 「確かに色々と中途半端だとは思う けど、」 貴方に言われたくない と 言いかけたが 止めた 彼は彼なりに 過去には色々とあったんだ 私がどうこう言える立場ではない 「ま、書類の山に埋もれて暮らすも 格好良いけどな」 厭味臭い言い方だな と 眉間に皺を寄せて 彼の眼を見た 彼はにやりと口角を上げると 私の肩を掴んで 渇いた唇にキスを落した …この馬鹿力が、肩が痛い時に肩を掴むな 「・・・私が仕事じゃなくてギルを選んだら どういう利点があるの」 「朝から晩まで俺様の隣に居られる権利が得られる」 「ある意味 仕事より辛いわね」 バックグラウンドで流れている激しいロックを 不思議と心地良く感じ始めた自分が居る 絡みつくような二度目のキスが終わったら 耳元でこう囁いてやろう、 Sind Sie bereit, den ganzen Tag es mit mir zu sein? (朝から晩まで 私を隣に置く覚悟が本当にお有りで?) VERGIFTUNG. (09.11.26 Ja!) |