※ 五部終了後。メローネが生き残っています 道路沿いの窓から部屋の様子を覗いてみる。泥棒と勘違いされると面倒なので さりげなく、だ。 黒眼黒髪の日本人……名前は、確かと言ったかな。 俺はそのという女に用事があるのだが、部屋には誰も居ないようだ。 これは 好奇心なのだ。 あのリゾット・ネエロという男にとって特別な存在だった女だ、さぞかし肝が据わったお嬢様なのだろう。 そんな女が 今 どんな顔をして生活しているのか 見てみたいじゃないか。 * * * 薄暗いアパートの一階に の部屋がある。 ひとまず 壁に寄りかかっての帰りを待つ事にした。一時間経っても来なかったら俺は帰る。 日当たりがすこぶる悪い、こんな所にずっと居たら 身体から黴が生えそうだ! 「おねえさん なにしてんの?」 身なりのだらしないガキが声を掛けてきた。 「俺はおねえさんじゃない」 「うわあ!オトコオンナだ!」 「…………」 ガキに痛い目を見させてやりたい所だが、少しでも厄介事を起こせば 今度こそあの世行きだ。 パッショーネの目から上手く逃れて此処まで来たんだ。流石の俺も暫くは慎ましやかに生きなければ。 「お前、此処に住んでるって知ってるか?黒髪の女だ」 「知ってるよ。オレんちはさんちの上の階だからな!」 「ベネ!おいガキ、について色々教えろ」 「はあ?なんでオレが……」 「いいから教えろ」 ギャングよろしく声にドスを効かせてみたら ガキが大人しく言う事を聞いた。 「……わ、わかったよぉ」 「では質問だ。はどこに行った?」 「三十分くらい前 夕飯の買い出しに行くって……」 「もうひとつ。以前 の部屋に二十八歳くらいの男が来ていたか?」 「昔は……たまに来てたよ、怖そうな人が」 怖そうな人、で吹き出しそうになったが 必死に堪えた。 「二人で楽しそうに笑ってた。さんのあんな顔 初めて見たんだ!だから覚えてる」 「……ふぅん」 の姿は 写真で一度だけ見た。 真面目そうで地味なタイプ。俺の好みではないが リーダーにはぴったりだ。 あの女があのリーダーと楽しそうに笑う、ねぇ……見てみたかった光景だな。 「あ、ほら さん帰ってきたよ!」 ガキの指差す方向を見ると、紙袋を抱えた黒髪の女が此方に向かって歩いてきていた。 茶色いカーディガンに紺色のロングスカート……写真以上に、地味。 「さんお帰り!このオトコオンナ、さんに用があるってさ」 またオトコオンナって言いやがったなこのガキ。 「リッキー、グラーツィエ。……金髪の貴方、立ち話もなんなので 入って」 に促され 部屋に入る。分かっているのか、俺が恋人の“仲間”だと。 「初対面だというのに女性の部屋にお邪魔して申し訳ない。俺の名はメローネ、貴方はさんですね」 「ええ。貴方あれでしょ、リゾットと一緒のお仕事。他人の血のにおいがプンプンする」 この女、想像していたよりもずっと鋭い。 「それでメローネさん、良い話をしに来たわけではないんでしょ?」 「さすが 俺達のリーダーが選んだ女性だ」 「お世辞は要らないわ」 「リゾットは死んだ」 「……予想した通りの展開」 が 初めて笑みを浮かべた。 「へぇ、泣かないんだ」 「何ヶ月経ったと思ってるの。来なくなったら死んだと思えって言われてたし」 これは 好奇心だった。 愛していた人が死んだと言ったら 女はどのような顔をするのだろうか。 「メローネさん、貴方 悪趣味な人ね」 「そうかな」 「リゾットの死を突きつけられた時、私がどんな反応をするかが見たかったんでしょう」 「……末恐ろしいね、さすがあの人のオンナだよ」 「褒め言葉だわ」 一見地味だというのに 中身は相当面白い。リーダーの嗜好もなかなか偏屈とみた。 「彼はどうやって死んだの?」 「知らない。俺も後から聞いたんだ」 「バナナの皮で足を滑らせて 頭を床に強く打ちつけて死んだとでも思っておく」 が慣れた手つきで シンプルなティーカップに紅茶を淹れる。 リーダーとも こうして紅茶を啜りながらのんびりと過ごしていたのだろう。 「メローネさん、砂糖は?」 「入れてほしいな」 「わかった」 左手薬指に光る指輪が 俺は此処にいるぞと自己主張しているように見えた。 あの男も 彼女の前では所詮ただの男なのか。 「……ギャングなんて なるモンじゃあない」 「今更何言ってるの、それしか進む道が無かったからなったんでしょう」 「さんも フツーの男と付き合ってりゃ 今頃家庭を築いて平穏に生きてただろうに」 「だって 出会った頃はちょっとアレなお仕事してるなんて知らなかったし!」 俺達なんて“ちょっとアレ”どころじゃないけどな…… 「それでも 私は彼が好きだから」 現在進行形でそう言い放つ辺りが、健気で悲しいね。 「ソレ、嵌めてて辛くない?」 彼女の左手薬指を指差し、訊ねた。 「死ぬまで絶対に外さないって決めたの」 「おいおい 彼にもう一度会いたいのーとか言って後追いする気じゃないだろうな」 「しないわよ!私は真っ当に生きてるから天国に行くけど、十中八九地獄に居るでしょ 彼」 一理ある。間違いなく真っ当な生き方はしていなかった。 「貴方が地獄に行ったら 彼によろしく言っておいてよ」 「荷が重いなー……」 何故 芯の通った女が 暗殺を生業としているような男に引っ掛かってしまったんだ。 追究する気は無いが ただただ疑問だ。 「さんは強い女性だ。昔から肝が据わっていたのか?」 「とんでもない。泣いて、泣き疲れて、そこで初めて強くなった」 「……いいねえ、その眼」 一晩くらい 彼女と遊んでみたいものだ。 「今夜泊まっていい?宿が無いんだ」 「冗談じゃない!」 ――少しでもヘンな事をしたら あの男が化けて出るか。剃刀吐くのは御免だからな。 「……全っ然 想像出来ないんだけどさぁー、二人はやる事ちゃんとやってたの?」 「なんてデリカシーの無い男!……最高だったわ、とても優しくて」 「ああそう……その怨念めいた指輪さえなければ 君を襲ってしまうのに」 AneLLo の部屋を出ると 先程のガキが訝しげに此方を見ていた。 「なんだその顔。何もしてないから安心しろ」 「…………」 今夜は何処で寝泊まりしようか。 このガキの事を だらしがないと見下していたけれど、俺の方が余程…… 「なぁ 少年、ギャングにだけはなるなよ」 すると ガキは「なるわけない」と言わんばかりに 笑い声を上げた。 (12.11.4) |