眼前に広がる景色は馴染み深いローマのそれだというのに、カラーが付いていない。
全てがセピア色だ。空も、建物も、自分の身体も。

「メタリカ」

――何も起こらない。スタンドは使えないのか。


セピアに染まる路地を目的も無しに歩く。
人の気配は無い。己の足音だけが響く、なんとも気味の悪い空間だ。

これもスタンド攻撃なのか?

違う、既に俺は死んでいる。死後の世界とはこういうものなのか。



「やっと来た!」

突如降ってきた声に 思わず身じろぐ。
上を向くと、二階建の住宅の窓から 声の主だと思われる若い女が顔を出した。

「誰だ?これはお前の仕業か」
「私は。このセピア色はこういう仕様であって 私の所為じゃないからね」

?聞いた事のあるような無いような。

「ここに来たって事は、貴方 漸く死んだのね」
「……ではお前も死人なのか?」

は 口角をゆっくりと上げて呟いた。

「貴方が私を殺したんでしょ、リゾット・ネエロ」









数年前、上層部から命ぜられるがままに ある男を暗殺した。

男が絶命したのと同時に、部屋の奥から一人の女が姿を現した。
「男は妹と共に住んでいる。もし暗殺現場を見られたら妹も殺せ。いいな」
当時の上司にそう言われていたので 躊躇い無く女も殺した。


その女は 俺に殺される直前に ぽつりぽつりと台詞を吐いていた。

「兄は悪事を沢山働いていたから、いつか誰かに殺されるだろうなとは思っていたの」

「私は貴方の姿を見てしまった、だから私も殺すのよね。抵抗する気は更々無いわ」

「私の名前は。貴方が来てくれてよかった、私にはあいつを殺す勇気が無かったから」


と名乗る女は 口角をゆっくりと上げて微笑みながら 死んだ。





「……思い出した。あの時の女か」
「私は嬉しかった。貴方のお陰で こんな面白い世界に飛ぶ事も出来たし」

は住宅の出窓から飛び降りると、俺の右腕を掴んで ふふ、と笑った。

「それで この空間は何なんだ?」
「よく解らないけど あの世と現世の中間点?本当はここに留まるべきではないんだと思う」

オカルトは理解し難いが、スタンド能力がそもそも不可思議な事だ。
こういう場所があっても おかしくはない。

「目を覚ましたらここに居たの。セピア色に染まったローマ、らしき場所に。
 私を殺したあの人の事が知りたいと願ったら 不思議とビジョンが視界に広がって。
 貴方の名前、パッショーネという組織、スタンドとかいう能力……映画みたいで面白かった」

右腕に、彼女の華奢な左腕が絡まる。

「私、貴方に恋をしてしまったみたい」

なかなかぶっ飛んだお嬢さんのようだ。


「だから 貴方の魂をここに連れてきちゃったみたい。ごめんね」
「悪いと思ってないだろ」
「とはいえ貴方の心まで操る事は出来ない、逃げようと思えば逃げられるはずよ……多分」

地獄に堕ちるか女と過ごすかなんて天秤にかけるまでもない。

「貴女と陰気なローマを散歩するのも悪くないな」
「本当?やった!」

が満面の笑みを浮かべて 俺の右手の甲に口づけをした。
そういえば 死んだ者同士でも こうして生身の人間のように触れ合えるのだな。


「ここに居るとお腹も空かないし、勿論青空は拝めない。そこは少し残念なんだけどね」
「夢の中みたいだな……」
「でも私達の他にはだーれも居ないから 今ここで私の首を絞めようが刺そうが咎められる事は無い」

もう少し爽やかな例えは無かったのか。

「人生相談から夜の捌け口までなんでも。私 リゾットの事好きだし、その……何をされてもいいから」

そもそも 死んでいるのに快楽も何もあるのだろうか?
顎に触れてみると、が顔を紅潮させた。

「挑戦的な台詞を吐く割に 随分うぶな反応をするな」
「そりゃあ急に来られると焦っ……」

唇を重ねるとなにやら云々と唸っていたが、無視して舌を捩じ込ませ歯列をなぞる。
(味はしないけれど 感触は普通に伝わるのか。生身と殆ど変わらんな)
口内を侵す程 腕を掴む力が徐々に弱まるのが なんだか愛おしい。
こんな感情が未だ自分に残っていたのかと思うと可笑しくてしょうがない。


「……夢みたい。うれしい、今 すごくうれしいの」

まるで憧れのヒーローに出会った子供のような眼で 俺を見つめている。
悪い気はしないが、絶対に間違っている。


「君は狂っている」

髪を撫でると 彼女は少女のような笑顔を浮かべた。









恋する鎖





(13.4.30 歪んでしまった系女子)