朝早く家を出て 夜遅く帰ってくる 毎日あんな生活を送っていて よく倒れないなと感心してしまう私は非体育会系 「、数Bの教科書貸して」 正直 校内であまり話しかけないでほしい わざわざ隣の教室から“榛名君”が私の名を呼ぶ度に 些か視線を感じるもので… 「元希は教科書持ち帰らないでしょ、ロッカーに入ってないの?」 私は小声でそう返答する 何故小声かというと 名前呼びしているのを彼のファンに聞かれたらと思うと ただ恐ろしいからだ 「宿題出たから仕方なく持って帰った。で、忘れた」 「・・・・・・」 宿題をやろうと思い立った事は 評価すべき点であろう 「わかった。貸すけどさ…A組の秋丸に借りるのはダメなの?」 「俺 あのクラス好きじゃねぇんだよな。鼻につく女が多いっていうか」 なんとなく解る、偶然だが あのクラスはとかくミーハーな女子が多いのだ 以前は サッカー部の男子に如何にして近づくかを教室の真ん中で思案していた しかし野球部が活躍し始めた途端、照準を元希に合わせてきた。同学年のエースだから尚更だ 秋丸も、榛名君ってどんな人なの!?なんて質問を度々受けてて なんだか気の毒だ 元希とよく話している私も 数度 あの女子達に呼び止められた事がある コネクションを得ようとするのは結構だが、動けば動く程 元希は引いていると気付かないのだろうか 「じゃあ有難く借りるぜ」 「その次、こっちも数Bだから それまでに返してよ」 「おうおう」 「おう は一回!」 校内で話しかけてほしくはないけど、話しかけてくれるのは嬉しい なんとも 複雑な感情 「ちゃんって あの榛名君とどういう関係なの!?」 元希が立ち去った後、同じクラスの女子に訊ねられた 私にとっては もう飽き飽きな問い 「小中高と同じ学校の、昔からの顔馴染み」 「…彼女じゃないの?」 「違うよ。友達」 そう言うと 女子達の顔が必ず綻ぶのだ 恐らく彼女達は 安堵感が表情に出ている事に気付いていない 私も マネージャーの涼音さんに彼氏が居ると聞いた時、多分同じ顔をした 乙女心なんて、そんなもの 「あたし 野球部の応援に行ってびっくりしちゃって!榛名君カッコイイんだもん」 「…そうだね、最近の活躍は目覚ましいものがあるし…」 「サッカー部のヤマオカ先輩が好きだったんだけど、卒業しちゃったから野球に鞍替え」 野球じゃなくて榛名クンに鞍替えだろ、と心の中で突っ込んだ 「でもちゃんはそうだよね、彼女って感じじゃないよね」 「あはは…」 今の一言は ぐさりと刺さった 目の前に居る女子は、ハイテンションに任せて 失礼な事を無意識のうちに言っている …強ち間違ってはいないから 否定出来ないが * * * 数学の時間、元希から返ってきた教科書をぺらぺらと捲る いっそ同じクラスだったら もう少し話せたのかな 学外ではすれ違いもしない 昔は近所の路地ですれ違ったりしたのに 同じ学校に通えているだけでも幸せなのに つい贅沢を言ってしまうのも乙女心の所為にしよう 「では次、三十三ページを開いてー」 先生の声に合わせてページを捲る すると 三十三ページには、数Bの先生のロークオリティな似顔絵が描かれていた 「……ふっ…ゴホンッ」 笑いを堪える為に 咳払いをしながら自身の太股を思いきり抓った 榛名画伯、暇に飽かして似顔絵を描くのなら もう少し上手く描いてくれ 残念な似顔絵の下には『次のページをめくれ』の文字 次は誰の顔だ、秋丸か?私か?…深呼吸しながらページを捲ると 絵ではなく文章が記されていた 『申し訳なさそうにオレとしゃべるな 変な事言うヤツなんて気にすんな』 元希の文字に釘付けになった そんな事、今迄言われた事も無かったのに どうしたの 『もしオレが野球をやめて腐ったとしたら あいつらはきっと手のひらを返す。 でもお前なら 腐っても一緒にいてくれるってわかってる。オレが信じてるのはお前だ』 『だからウジウジすんな、堂々としろよ。絶対に野球はやめねーけどな!』 お世辞にも上手いとは言えない元希の文字が 滲んで 更に歪んで見えた (ねぇ それ、励ましてるつもり?) Root_Answer 涙が出る程に好きなんだ、と 再確認してしまった それは昔から変わらない きっとこの先も変われない 後で言っておこう、クサい台詞を人の教科書に書くなよって (11.5.24 文字にした方が言いやすいよね) |