電車の扉にもたれ掛かりながら が欠伸をした。
なんだその気だるそうな顔、こっちまで眠くなりそうだ。


「榛名、これあげる。美味しいんだよ」

そう言ってが差し出したのは、砂糖と着色料のカタマリのようなガムだった。

「いらねー。まずそう」
「気持ちは嬉しいけど今はいらないよ ありがとう、くらい言ってほしいんだけど」
「だって なんだよこの腐った生肉みたいな赤い色!」
「私が今食べてるのに腐った生肉呼ばわりって!」

眉間に皺を寄せたは可愛くない。だが、の飾らない所は嫌いじゃない。




 *  *  *




の存在を知ったのは 今から約一年半前、高校に入学した頃だった。


マンションのエントランスで 俺と秋丸の前を歩いていた制服姿の女が景気よくすっ転んだ。

「大丈夫ですか!?」

秋丸が駆け寄る。俺はその様子を後ろから見ていた。
女は「平気です」と何度も呟いた。耳まで真っ赤になっている。

(なんか 鈍臭そうな女だな)


辺りには 転んだ拍子に鞄から飛び出した教科書やノートが散らばっていた。

突っ立っていてもしょうがないので、俺も一応教科書を拾う。
名前欄には[一年五組 ]の文字。
体つきといい 中学生には見えない。もしかして同い年か?


拾った教科書を渡すと が小さな声で呟いた。

「あ、ありがとうございます」
「あのさ 最近ここに越してきたの?」
「はい 高校入学を機に。と申します、宜しくお願いします……なんて 堅苦しいですね、ふふっ」

その時 初めて目が合った。
ちょっと可愛い、と その時は思ったんだが 恋愛感情ってヤツは一切無かった。


さんって 三階に住んでるさんと関係あるの?あの家にも女の子居るよね」
「三階のさんとは親戚です。あの家の女の子はハトコなの。一階に越してきた、で覚えてください」

ハトコ ってどういう繋がりだっけ?イトコより遠いやつ?

「一階のさん?……なんか面倒臭ぇな」
「……もう でいいです」

何だか知らんが 秋丸が横でげらげら笑い始めた。
それに釣られたのか も声を上げて笑っていた。




 *  *  *




これからスポーツ用品店に行くと言ったら、が「私も行く」と言って着いてきた。


「別にいいけどよ、貴重な日曜に興味も無い用具なんて見て楽しいか?」

そう訊ねると はこう答えた。

「榛名と二人で過ごす機会ってあんまり無いでしょ、高校も別々だし。だから」


こんな台詞 恥ずかしげも無く普通言うか?お前 俺の事が好きだろ、と訊ねられるものなら訊ねたい。
あいつ俺の事が好きかも!?なんて秋丸に相談したら鼻で笑われそうだが……




俺にとっては 納豆における醤油のようなモンだ。
無くても一応問題無いが、無いと非常に味気無い ……納豆に例えたなんて言ったらクレームが来そうだが。

もし 明日からが居なくなったとしたら 俺はどうなるんだろう。
変わらず野球を続けている筈だ。ただ……あまり考えたくないな。


「榛名、眠いの?」

眉尻を下げたが顔を覗き込んできた。

「電車で立ち寝するのは危ないよ」
「寝てねーよ。俺だって考え事の一つや二つ あるの」
「どうせ いやらしい事でも考えてたんでしょ……」
「お前は俺を何だと思ってんだ」


は生肉みたいな例のガムを 俺に差し出してきた。

「だから いらねーよ」
「あげるだなんて言ってないでしょ。私が食べるの」
「…………」


あっという間に 俺の生活の中に溶け込みやがって。


「榛名、再来週に練習試合あるんだって?」
「秋丸が言ったのか……」
「観に行くから 勝ってよね」

そう言って が無責任に笑った。






並んで電車を降りる。――もしかして 傍から見た俺達ってカップルに見えるのか?

……待て待て 何考えてんだ俺は。


「なんか今日の榛名ちょっと変。具合悪いの?」
「あぁ?俺は元気だよ うっせーな!」
「なにそれ逆ギレ!?」


改まって意識した事なんて無かったが 俺にとって は特別な存在 なのか ?


「お前さぁ、醤油どころじゃねーよ……なんだコレ」
「……榛名が何の話してるのかさっぱり分からないんだけど」






マジックナンバー



(12.6.21 意識したその時から)