あれが 最後の旅行だと思っていた 旅行先で別れを告げられたら途方に暮れちゃうだろう、なんて考えていた 貴方の事を好きなのか 好きじゃなくなったのかも解らなくて 貴方は私の事を“一緒に居る”それだけの女だと思っているのだろうと勘繰って 「饅頭屋だっけ?俺が旦那に似てるって言ってたおばあさんが居たのは…」 「そうそう あの角を曲がった所にある饅頭屋」 また この道を貴方と二人で歩くとは 当時の私は想像すらしていなかっただろう 「此処に来たのって二年以上前だろ?…相変わらず人の少ない温泉街だな」 「元希君、そういう事は道端で言っちゃ駄目ですよ」 「誰も居ないんだから大丈夫だって」 「よくない!」 そんな会話をしていると あの饅頭屋の看板が目に入った しかし シャッターが閉まっている 「おいおい 閉まってるぞ…今日は休みか?」 「うーん…日曜日なのに定休日って事は無いと思うんだけど……」 軒先をうろうろとしていると 背後から微かに足音が聞こえてきた 足音の先に目を向けると 背の曲がったおばあさんが其処に居た 「…あの時の…饅頭屋のおばあさんだ」 そう呟いた時 おばあさんと目が合った 私の事を 不思議そうに見つめている 「あ、あの…饅頭…今日は定休日ですか?」 「…饅頭は もう売ってないんじゃ、すまんのう」 「そうですか…」 「・・・・・・・・」 おばあさんが 私から元希へと視線を移した 「……あんたは あたしの一番大切だった人によく似ておる」 「おお…“じいさん”だろ? 前に来た時も言われたよ」 「そうかい、以前も来てくれたのかね……」 おばあさんの手は あの頃よりも更に深く皺が刻み込まれていた 「あんた達が 羨ましいのう」 二年前にも おばあさんがそう呟いていたのを 今でもよく覚えている 「喧嘩もするだろう 泣く事もあるだろう でも めげちゃいかん」 「はい」 「この兄ちゃんの手綱を上手く引けるのは きっとあんただけだ」 「…そうですよね!私も…きっと私だけだと思う……って強がってみます」 饅頭を食べられないのは残念だが おばあさんに会えて心底良かったと思う 力を貰えるような気がするんだ 「おばあさん、私達そろそろ結婚しようかって話してる所なの」 「おやまぁ…それはめでたい」 「まだ 誰にも言ってないんですけどね」 sinter* OVERDRIVE#6 二年前よりも 更に街は閑古鳥が鳴いているような状態になっていた 私の憧れていた海辺の教会も いつの間にか無くなってしまったようだ それでも この場所は 私達が再始動した大切な場所 「温泉旅行なんてよく当てたよなー 大して運も無いが」 「宿探しする羽目になるとは思わなかったけど 結果的に良い思い出になったもんね」 「またお前と此処に来れて よかったよ」 「…えー…その素直さ、なんだか不気味…」 「失礼な奴だな」 空を舞う鴎を眼で追いながら 私達はお互いの手を強く握った 「そう…私だけが手綱を上手く引ける……今も昔も この先もずっと」 (09.10.8 the end ) |