兄は ほくそ笑んでいた
愛しい妹が何処ぞの馬の骨とも知らぬ男に振られたとの情報が入ったからだ

に彼氏なんぞ百年早い!はははは」

兄は 調子に乗っていた
振られた理由が 兄にとって最高に痛快だったからだ

「君はお兄さんの事ばかり気にしてる、俺は君のお兄さんを超える自信が無い…だってよ!」

「…私が慎吾の事ばかり…ってどういう事よあの男!何なのよぉ…!」
「愉快痛快ってヤツだな、だいたい応援団の男なんて止めておけと言っただろ」
「好きになったから告白しただけなのに どうしてこんなに散々言われなきゃいけないの」

涙ぐむ妹をよそに 兄は笑いながら妹の肩をそっと抱いた

「なぁに、俺が居るじゃないか」
「デリカシーのデの字も無いのね アンタって」



妹は 兄と違って勤勉だ
夏休みの過ごし方は、昼は予備校 夜は自習・・・基本的に勉強中心である
かたや兄は 引退したとはいえ野球部に顔を出す
あいつはいつ勉強しているのか…と一歳下の妹は内心不安に思っているのだが 妹の心 兄知らず


は勉強だけしてりゃいいんだよ、恋なんて百年早い」
「励ますフリだけでもしたらどうなの!?もー最悪!」


妹は 兄の脇腹に一発拳を入れると 足音を鳴らして自室へと消えていった

兄は脇腹を擦りながら 一人思う
あいつが野球…というより野球部に興味が無くてよかった、と――




兄、企んで躍動す。






「ねぇ慎吾 聞いて!好きな人が…出来たの」

兄は 頭を抱えた
赤ちゃんが出来たの、と言わんばかりの口ぶりが これまた悩ましい


「慎吾ならよくわかるでしょ?野球部の…こと」

兄は さらに頭を抱えた
あんなにも野球に興味の無かった妹が まさか野球部の輩を好きになるとは――


「恐れながら伺いますが お嬢さんのお気に召した男というのは どこのどいつで…」
「仲沢くん」

少し赤くなりながら 妹が頭を掻いた


「終わった・・・」

兄はソファに顔を埋めた
あのルックスにやられる愚かな子猫ちゃんは どうやら我が家にも居たようだ


「…妹よ、応援団の男はどうした」
「あれからもう二週間半よ?もうふっ切れた!それより仲沢くんを…」

この子は立ち直りが早いんだ、という事を兄は思い出した
しかも振られた理由が理由だけに 応援団の男に関してはふっ切れるのも更に早かったのだろう


「アイツは年下だぞ? パッと見は年下に見えないけど」
「昨日部活で学校行ったんだけど 雨の所為か廊下で転んじゃって…その時に助けてくれたの」
「…そんなの普通に俺でも助けるぞ」
「その時に まるで向日葵が咲いたような…そんな笑顔をこんな平々凡々な私に…」
「おい 無視かよ 男は顔じゃないからな!解ってるな!?」
「あの笑顔を見た時 私のなかで何かが弾けた」
「無視かよ!」


鼻歌まじりにリビングをスキップしている妹を眺めながら 兄は深い溜息を吐いた

「利央はお世辞にも頭いいとは言えないぞ?、引くんじゃね」
「……じゃあさ、成績が良くないのなら 私がお手伝いしましょうか!」
「…はっ?」

しかし 兄は考えた

自分と違って妹はかなり成績が良い――
そんな誇るべき妹が 利央と直接関われば 阿呆さ加減に幻滅するのではなかろうか


「よし、お兄様に任せろ!」

「えぇ〜…大丈夫?」
「先輩権限で をアイツの暫定家庭教師にしてやろう!」





*  *  *





「えっ 慎吾サン いきなり家に押し掛けた挙句 なに勝手に勉強会するとか言っ…」
「おやおや利央君、俺の妹がわざわざ先生役を買って出てくれたのに断るんだ、へぇ」
「…シスコンなのはいいですけど 何でそこで俺なんすかぁ」
「お前の成績が悪いからだ!」

という訳で 兄は利央を半強制的に勉強会に参加させた

「妥協して仲沢宅でやるって事にしたんだからいいだろ、お前は黙って勉強してりゃあ」
「慎吾サンだって解りますよね、勉強を強制される辛さが!」
「・・・・さて、先生を今から呼びますよ」
「無視っすか!」


兄は玄関に居た妹を手招きする
妹は夏らしいワンピースを纏っており 緊張した様子だ

です 宜しくお願いします」
「よ、よろしくっす」
「夏休みの課題を今の内に終わらせれば 野球にも専念できますし、頑張りましょ!」
「…はいっ!」

乗せるのが上手いな、と 兄は妹の先生っぷりに惚れ惚れとしていた


「ところで…慎吾はずっと此処に居るワケ?」
「勿論だ!」
「……腐っても受験生でしょ…暇なの…?」



暇な兄は 考えていた
もしも この二人が上手くいってしまったら どうしよう――という事を
にオプションで利央が付いてきて 尚且つその後ろには呂佳さんの影まで…

・・・兄は 考えるのを止めた



「すげぇ!さんの教え方マジ解りやすいっす」
「本当!?そう言ってもらえると凄く嬉しい」

でれでれしている妹をよそに 兄はドーナツを食べていた


(…兄貴は歳も離れてるし そこまでと仲が良いという訳でもない)

(俺は 二人分の愛をあいつに注いでいる)

(しかし あいつは恋に夢中とは哀しいモンだ、兄の心妹知らず ってか)


暇故に 兄は結局 思案を巡らせるのであった






*  *  *






「利央の阿呆さにびっくりしただろ、

帰路、兄は妹に訊ねた
兄は 幻滅させる為にわざわざ勉強会をセッティングしたのだから


「野球が忙しくて勉強してなかっただけだと思う、それは慎吾も多分一緒よ」
「・・・・・・・」
「来週は英語の課題を片付けます!」

兄は うろたえた

「お…お前にはまだ早いからな!恋愛なんてそんなものは」
「なにそれ親父キャラ?…大丈夫だよ、恋愛的進展は全然無いから…」



兄は 妹には内緒で利央にメールを送った

「野球部の先輩として、課題を早く片付ける事には大賛成だ
 でも に手を出したら、お前の事をグーで殴るので覚えておけ」

実に偉そうな内容のメールだ
妹がこのメールを見たら 怒りのあまり携帯を粉砕するだろう


利央からの返信を読み 兄は不敵な笑みを浮かべた

先輩は凄く良い人だけど、慎吾サンの妹ですし そういう目では見ませんよ!」



には常に俺の影が付き纏っているんだな…可哀想に)

この男 実際にはちっとも可哀想だなんて思ってはいない
寧ろ 有頂天である



よ 俺と居て楽しいだろ、今はそれでいいじゃないか」

鼻歌まじりで歩いている妹の後姿を見つめながら 兄は呟いた
妹の受難は 恐らくまだまだ続く――





(10.8.16 公式で家族構成紹介されてると妹設定やりづらいけど、たまにはね!)