忘れもしない、中学校卒業式の日の出来事だった 「私 淳君が好き、だから…付き合ってほしい」 「今は野球の事で頭が一杯だから、ごめん」 小学生の頃から抱いていた恋心は 五秒で砕け散った 「…うん、知ってる、じゃあ」 よく解らない捨て台詞を残し 走り去った 通学路を泣きながら爆走したのは 未だに私の黒歴史である 一見すると“卒業式で泣いている女子生徒”だが ただ振られて泣いていただけだ 今 思い返すだけでも 恥ずかしすぎて 穴があったら入りたい気持ちになる 彼は野球の為に美丞大狭山に行くと言っていた 男子校だと聞いて 変な虫が付かない!なんて浮かれていた若かりし頃の自分が懐かしい 彼の家は 私の家から徒歩一分程度の位置にある しかし高校生になってからは 姿を見る事も無くなってしまった …私は振られた身だから 会わない方が良いのだけれども 私の携帯には データフォルダ内に[second]という名のフォルダが存在している 彼がレギュラーになってから 私は県大会等の大きな試合は殆ど観戦している 勿論 バレないように帽子を目深に被り、美丞側ではなく対戦相手校のスタンドに座っているが [second]には カメラ機能に特化した我が携帯で撮影した彼の雄姿が刻まれている セカンドに立つ 美丞のユニフォーム姿が非常に眩しい 私はちょっとした変態の域に達しているのではないか、と思うのだ 昨年までは 彼の事を忘れようと必死になっていた だが 気付いてしまった 物心のついた頃から一緒に居たのだから たった数年離れた位で恋の炎は消えやしない それならな開き直ってしまえばいいのだ、片想いバンザイ!…そう、これでいい 一度開き直ると 淳君専用フォルダ[second]を作る事に躊躇いすら感じなかった 別にまずい写真を撮っている訳ではないので人として終わっては…いない…筈だ 野球をしている彼の姿を見るのは 純粋に嬉しい 背も伸びて 筋肉もついて・・・・ 私は 未練がましさなら日本一かもしれない ところで何故に 私が脳内で今迄のあらすじを巡らせているのかというと たった今 隣に 彼が居るのだ この顔 そして美丞の制服 ・・・間違い無い 「・・・・・・」 夕方、駅前のコンビニ、お菓子コーナーの前 彼は私に絶対気付いている筈だ、何故ならばっちりと目が合った 「・・・・・・」 だがしかし お互いに黙りこくる それはそうだ、最後に話した事イコール私が告白した時だから 尚更に気まずい 「…は相変わらず菓子が好きだな」 「……あ…うん」 いつの間にか 私の目の高さは彼の肩辺りになっていた 背、こんなに高かったっけ? 私が止まってしまったから尚更そう見えるのか 「久し振り、だね」 私がそう呟くと ふっ、と彼が笑った 「が相変わらずで安心したよ」 「それは 褒めてるのか貶してるのか」 「どっちも」 「…淳君も相変わらず ちょっとキツいよね」 レジに向かう彼の背中を眺めていると 自然と口角が上がってしまう事に気付いた 執着心なんぞ 何処かに消えればいいものを 「すぐ 寮に戻るの?」 「明日には」 会計を済ませ 会話しながら普通にコンビニを出たが・・・いいのだろうか 一緒に居て 「も今 帰り?」 「あぁ、うん」 「チャンを見かけたらたまには家に連れてきなさい!って親がうるせぇんだ」 「・・・・つまり、」 「久し振りに ウチで夕飯 食えば?」 脳内で 高尚な教会の鐘の音が十倍速くらいで鳴り響いた リンゴンリンゴン――…… Absolute existence 相変わらず はボケーっとした表情を浮かべて明後日の方向を見つめていた こっちに戻ってきても 滅多にに会う事なんて無いのに まさかコンビニの菓子コーナーで出くわすとは予想だにしなかった 「んー!おいしい!」 そして今 俺の家ではがつがつと夕飯を食っている そういえば お互い高校の制服で一緒に居るのって初めてじゃないか 女子高生を間近で見る事すら久々すぎて 少しだけ動揺する 「あー、の高校って野球部あったっけ」 「あるけど弱小すぎて全然だよ…基本的に一回戦敗退」 「じゃあ 俺達の試合とか観る機会も無いな」 「え?うっうん!観てみたいなーあはは」 狼狽するは 見ていて本当に面白い 俺は が美丞の試合を何度か観戦していたのを知っている この女の事だ、絶対にバレていないと思っているのだろうけど しかも確実に携帯で写真を撮っている、ちょっとした変質者の域だ は 今も俺の事が好きなんだ …別に自惚れではないが、そうでもなけりゃ美丞の試合なんて観に来ない筈だろう 思わずベンチ入りメンバー全員に「って知ってるか」と訊いたからな 勿論 知り合いは俺だけだった 「聞いてくれよ、最近試合中に俺達の事を写メで撮ってる女が居てさァ」 「……スタンドで、って事?」 「帽子被って 俺達が守備の時に携帯構えてるから 地味に気になるんだよね」 「へぇ〜…」 ダメだ、反応が面白過ぎる 「俺達男子校だし、皆 結構スタンドに居る女の事チェックしてるんだよね 超満員でもないんだし意外とスタンドって見えるから その女マジで悪目立ち」 「悪目…っ」 「美丞の、誰の熱狂的ファンなんだろう」 「……一番格好良い人じゃないの?知らないけど」 は 昔から本当にわかりやすいヤツだった 中学の頃も きっと俺の事が好きなんだろうなーって薄々勘付いていた あいつの告白を断ったのは 高校野球に真剣に取り組もうと本気で思っていたからだ なのに 離れてからというものの 無性にが気になるようになってしまった、不思議な事に 男だらけの環境が 俺を恋愛脳ってヤツにさせたのだろうか 夢に何度か出てくるようにまで なりやがった 夢の最後に 決まっては涙を目に浮かべて走り去る ・・・あの日のように 「高三だけど、は彼氏居ないだろ?」 リビングやダイニングに 誰も居ない事を確認してから 訊ねてみた 「えっ 居ないの前提?…実際居ないけどさ」 「だろうな」 「……淳君は、彼女」 「居ない」 「ふーん」 ふーんって何だよ、ふーんって と 心の中で呟いていたら 思わず吹き出してしまった 「ちょっとー私 おかしな事言った?」 「いや… 試合観たいんなら美丞側から堂々と観ればいいのに」 「……何の話!?それ…えぇ!?」 餌を求める鯉の如く 口をパクパクさせるに 益々笑いが止まらなくなった 「…どうして私だってわかったの」 「俺達 いつからの付き合いだよ」 「さっきのくだりとか なんなの…そのサディスティック的要素はいつ覚えたの…恥ずかしい」 と話すのはこんなに面白かっただろうか 自分のテンションが 変な風に上がっている気がする 「俺が何て呼ばれてるか知ってる?」 「ヤノジュン、だっけ?」 「よく見てんなぁお前… 本当に俺の事好きだな」 「ブフッ」 の口から米粒が飛び出した、汚いぞ 「そうよ好きだよ、ドン引きでしょ 試合まで観に来て未練たらったら!嫌なら嫌って言って!」 逆ギレ気味だが どうやら開き直ったようだ 「正直ちょっと引いたけど 別にいいんじゃね、俺も好きだし」 「……あーもう!そうやってさぁ!振っといて好きとか言ってみたり本当自分勝手だよね」 「…自分勝手だよな、付き合ったら野球が疎かになると思ったから断って 結局好きとか言って」 「わ…解ってるじゃない 自分の事」 「引退したら の事を一番に考えるから …あ、いや やっぱ進路が一番だから 二番で」 昔から はすぐ顔に出る 恋心とかナントカは別として、小さい頃から のそういう所が可愛いと思っていた 「進路は大切だから仕方ない…けど セカンドだけに二番ってか…?」 「…つまんないぞ 」 「うるさい!」 真っ赤になっているの髪の毛をぐしゃぐしゃにしてやった 「ところで の携帯には試合中の俺の写真が沢山入ってるのか…?」 「ご想像にお任せします」 (10.6.7 門外不出必須の[second]フォルダ) |