「…また さんが嵌ってる」 そう呟いて 溜息を吐いた後 私に右手を差し伸ばしてくれた彼 「自己嫌悪に陥るわ、わざとじゃないのよ?どうして何度も落とし穴に嵌るのか…」 「さんって 空ばっかり見てるから」 「…私 そんなに空見てる?」 「だから落ちるんでしょ 懲りもせずに何度も何度も」 綾部に言われて 初めて気付いた 私は空を見るのが どうやら好きなようだ 青一色の晴天 灰一色の曇天 緩やかな雲の動きを眼で追って 「…確かに 私って空を見るのが好きみたい」 「今更? 如何して本人より先に私が気付くんだ」 「あ、もしや私の事 結構見てくれてる?」 「…すぐ穴に落ちるからでしょう、嫌でも気にしちゃうよ」 そう言って 綾部がふっと微笑んだ 見た事の無かったその表情に 私のなにかが全て彼に持って行かれたような そんな気がした 「だから放っておけないんだよね、さんの事」 忍者が穴に落ちるとは、なんたる不覚 しかも罠ではなく 自然が生み出した地面の穴に 「夜なのに…一人で脱出出来るかしら…これ……」 手を伸ばし 大凡の穴の深さを推測してみる 少なくとも この暗闇の中で脱出するのは不可能だという事だけは容易く想像がつく 今頃 彼は何処で何をしているのだろう 相変わらず 一心不乱に穴を掘り 名前を付けて満足気な表情を浮かべているのだろうか 卒業なんて したくなかった 一人前になんて ならなくてもよかった 離れたくなかった 同じ空間に居たかった 彼の右手の温かさが忘れられない こうして 穴の中で蹲っていたら 彼は私を助けに来てくれるのだろうか あの頃よりも大きくなったであろう 貴方の右手を握りたいよ 過去の恋心を拭えきれていないなんて 私は忍者失格だ 「ねえ 呆れた顔をしながら右手を差し伸ばして 私を此処から解放して」 漆黒の空を見上げて 呟いた 視界がぼやけて 月の形がわからない なんて情けないのだろう、彼に逢いたくて泣いているなんて 掌の熱が冷めゆく (09.6.21 忘れられない恋に縛られて先に進めないよ) |