* はじめに *
転生前(室町時代)の記憶を覚えている人・忘れている人が混在しております
転生後の六年生ならびにさんは 現在高校一年生(十五歳)
現代でも名前が同一なのは、この物語のお約束で云々…という事であしからず
現代での学校名は 原作に出てくる人名や地名等を拝借しておりますが、深い意味はありません










さん、今日の委員会は……さん?」

どうしてこの男は私の事をさんだなんて呼んでいるのか。
私はよ。ねえ、覚えてないの?
――なんて事を今のこの男に言える筈無い。言った所で 変な女だと思われるに違いない。

「ごめん、ぼけっとしてた。委員会は中止って事だよね?」

彼が黙って頷く。バツの悪そうな顔をしながら。


「ありがとう。さよなら 潮江君」

わざと刺々しく言い放つ。彼から見た私は さぞや感じの悪い女に映っている事だろう。




#1 rock candy




怒りを地にぶつけるかの如く、音を立てて廊下を歩く。
すっかり人気の少なくなった放課後の廊下。実に気持ち良く音が響く。

足早に寮へと戻ろうとしていたその時 にこにこと無駄に微笑む男子生徒が私の目の前に現れた。


今帰り?相変わらず眉間に皺が寄ってるよ」

彼の名は善法寺伊作。私の良き理解者と言った所だろうか。

「また文次郎の事でカッカしてるんでしょ」
「……文次郎は何も悪くないんだけど、つい」
の気持ちは解るよ。ただ 文次郎も僕達も 生まれ変わった別人なんだから」
「うん、ごめん。私ももっと冷静にならなきゃ」



私と伊作は遠い昔から仲良しだった。
大怪我をして死にかけた私を、必死に声を掛けながら治療してくれたのも伊作だったっけ。

伊作だけは 私と同じく“過去の記憶”を持っている。
そして 忍術学園で共に学んだ仲間とこうした形で再会した事を“怖いくらいの縁”だと表した。


「現世でも伊作が文次郎と仲良しっていうのが唯一の救いだよ……私はダメ、絶対嫌われてる」
「嫌われてはいないと思うよ。ただ 怖がられてるけど……」
「怖いよね……はぁぁ」







校舎を出て 学生寮へと二人で向かう。
蒸し暑い、初夏の夕暮れ。



「おーい伊作!」

背後から聞こえるその声に 伊作と共に私も振り返る。

声の主は 今まさに話題に挙げていたその人だった。
伊作の隣に居る私に今更気付いたらしく、一瞬たじろいだのを私は見逃さなかった。


文次郎は 私達の方へと足早に向かってくる。


「伊作、この前お前に貸したノート 明日使うから早く返せよな」
「ごめんごめん!後で文次郎の部屋に持って行くよ」

文次郎は ちらりと私の顔を見た。
あ、またバツの悪そうな顔。その表情を見ると少し苛つく。

「あー……さん 伊作と仲良いんだね。よく一緒に居るから」
「伊作とは昔からの友達だから」

変に意識して ぶっきらぼうに答えてしまう。

「文次郎ごめんねーツンツンしてて。でもこの子文次郎と仲良くしたいだけだから」
「……えっ!?」

伊作の脇腹あたりを肘で小突くものの シカトされた。

「文次郎が徹夜明けで具合悪そうな時とかしっかり心配してるからね」
「わー!ばかっもういいから伊作!」

目の前の文次郎は少し困ったように笑っていた。


伊作が空気を変える為に話を作ったのだろう、文次郎はそう思っているに違いない。
それでも私は 一瞬でも彼の笑顔を目の前で見れた事が嬉しくて 嬉しくて、

(どうしよう やっぱり大好きだ)


一筋の涙が頬を伝った。
しまった、と思ったが 一度溢れた涙は 簡単には止まってくれないのだ。

あちゃあ、と言わんばかりの伊作の顔と 明らかに動揺している文次郎の顔が並んでいた。


さん、」
「ごめんなさい気にしないで!昔の事を……思い出しただけだから」

やっとの事で長台詞を吐き出してから、文次郎に背を向けた。











「……あれ。いつ部屋に着いたんだっけ」

そこから無心で駆けたのだろう、女子寮にある自分の部屋のベッドにダイブするまでの記憶が無い。




(12.4.4 早く受け止めなきゃいけないのに、現実を)