訪れた決戦の日――いざ、網武高校へ。 と、大袈裟に煽ってみたものの……実際は緊張で胃が痛い。 「ちゃん そんなに緊張しなくていいから!」 「そうこちゃん、私 完全に場に呑まれてる」 「網武女子バレー部が相手だもの、負けて元々だと思って気楽に行きましょ!」 「ありがとう……ちょっと外の空気吸ってくるね」 駆け足で体育館を出る。 さすがはスポーツ強豪校、体育館の正面にある校舎には 大会出場を祝う垂れ幕が幾つも下げられている。 (この学校、私のような文化系人間には馴染めそうに無いわね) 空に向かって大きく深呼吸をする。今日は憎らしいまでの晴天だ。 ――普段 土曜なんて殆ど塾に篭っている。たまにはこういうのも良いかもしれない。 「見掛けないユニフォームだなぁ。君、どこの学校?」 空を見つめて呆けていた私の耳に入ってきた、無駄に大きな声。 どうやら私に話しかけてきているようだ。振り向くと 網武バレー部のユニフォームを着た男が立っていた。 「大川高校ですけど」 「大川ってバレー部あったのか!へぇー」 確かに男子バレー部は無いのだが、なんだか小馬鹿にされているようで 些か不快だ。 いや それ以前にこの男 どこかで見覚えが―― 「……君、知り合いに似てる」 私の顔を 穴が開きそうな勢いで見つめている男が そう呟いた。 私も この男は“彼”な気がしてならない。 今迄なら「まさか」の一言で済ませたかもしれないが、仙蔵と会った時のように 縁で繋がっているとすれば…… 「貴方、小平太?」 ![]() 小平太と会ったという衝撃は 試合への緊張感を見事吹っ飛ばしてくれた。 まるで普段の授業の如く、試合中は軽快に動く事が出来た。 無論、強豪校との試合はストレート負けを喫した。 コート上で感じる実力差の なんと無情な事か…… 制服に着替え そうこちゃん達と別れてから、体育館の二階部分に向かう。 先程小平太に「試合が終わるまで待ってて」と言われたので、折角なら彼が出場する試合も観ようという魂胆だ。 一人黙って観戦している私の横で、網武の制服を着た女子高生がキャッキャウフフと話に花を咲かせていた。 男子バレー部を応援しに来たのだろうか?ここで必殺・聞き耳ずきん。 「やっぱり七松が一番だよね」「三組の女子がこの前ラブレター渡してたの見ちゃった」「七松に?マジで!」 ……なんだか小恥ずかしくなってきた私は、そっと聞き耳ずきんを折り畳んだ。 網武高校男子バレー部が全国区の強豪というのは私も知っていた。 しかし その中にまさかあの小平太が居たとは露知らず。相変わらずいけいけどんどんしているようでなによりだ。 小平太が躍動するたびに 横に座る女子達が黄色い歓声を上げている。七松人気、恐るべし。 そうこうしているうちに、呆気なく第一ゲームが終了していた。 相手高校の翻弄されっぷりを見ていると 先程の自分達を思い出し 少々切なくなってしまう。 コートから出た小平太と目が合った。 昔と変わらない、あの屈託のない笑顔を浮かべながら 此方に手を振っている。 その瞬間 小平太に憧憬心を抱いていたあの女子達が きゃあ!と声を裏返しながら叫んだ。 (あれ、私に手を振ったんだと思ったんだけど違ったかな……) アイドルのコンサートであたふたしているファンのような気分になってきた。 * * * 試合後 制服に着替えた小平太が、待ち合わせ場所である校門前に現れた。 学ラン姿が妙に似合っている。背は バレー部にしては小柄寄りとはいえ、昔よりも遥かに高くなっていた。 後頭部に視線を感じる……恐らく先程のファンの女子達であろう。 私に嫉妬しても何にもならないぞ、と叫んでやりたい。 「試合お疲れ様、完勝だったね。ところで……どこでお話しましょうか」 私は 突き刺すような視線から早く逃げたいという気持ちでいっぱいだ。 小平太はそれに気付いているのかいないのか――。 「ここから徒歩五分に丁度良い場所があるから そこに行くぞ!」 「丁度良い場所?」 「おう!」 早歩きの小平太の後ろを着いて行く。 痛い視線はもう感じない。彼女達もさすがに追いかけては来ないようだ、少し安心。 「……も 覚えているんだな、昔の事」 私は黙って頷いた。 「小平太も覚えているようね。あとは伊作も覚えているよ」 「おお伊作か!あいつ元気にしてるか?」 「元気だよ!私と同じ学校なの。あと文次郎も居るよ」 「文次郎!?うおー文次郎良かったな、あいつ やり直せるならお前を助けたいってずっと言ってたもんなぁ……」 私の知らない、私が死んだ後の話――聞きたい、気になる、聞きたい。 しかし今は“私達”の現状を話し合う時、再会したばかりの小平太と 辛気臭い話はしたくない。 「でも文次郎は 昔の事覚えてないよ。私の事もただの同級生だと思ってる」 「えー何やってんだよ文次郎のヤツ!」 「仙蔵も前世の事は覚えてないよ。今の仙蔵とはこの前塾で知り合ったんだけどね」 「仙蔵にも会ってるのか!、どうやって皆の居場所を突き止めてるんだ?もしかしてエスパー?」 (それは 偶然としか言いようが無いような……エスパーだったら面白いけども) 「おー着いた着いた。ここが例の、丁度良い場所」 足を止めた小平太が ごく普通の一軒家を指差した。 表札の文字を読んだ私は 思わず目を疑った。 「食満……って もしかして」 目を丸くする私を見て 小平太が悪戯そうに笑う。 「留三郎とは網武の同級生なんだよ。凄くね!?運命って感じだよなー」 「う、うん」 (凄いというより トントン拍子に再会しすぎて怖くなってきた) 小平太がインターホンを連打している。五連打目で 玄関扉が勢いよく開いた。 「ピンポンピンポンうっせーよ小平太!……あれっ」 Tシャツ・ジーパン姿の男が 小平太の横に立つ私を見て戸惑っている。 これが現代の留三郎、で 間違いないのだろうか……? 「ちょっとお前の部屋で会議がしたいんだ。いいだろ?入るぞー」 「いや待て待て待てその前にだな!このヒトは誰なんだよ!」 「だ。お前が覚えてないお前の友達だ」 「はぁ?」 どうやら留三郎は、文次郎や仙蔵と同じく 前世の記憶を失っているようだ。 このケースは三度目。私ももう戸惑わない。こういう時はきちんと自己紹介から始めないといけないのだ。 「大川高校一年生、と申します。小平太の幼馴染みたいなモノです」 「初めまして、食満留三郎です。小平太とは高校で知り合いまして」 私達が自己紹介をしている間に、小平太は留三郎の家に慣れた足取りで入っていた。 どうやら 家の人は留守らしい。 「おい小平太!俺の部屋以外は入るなよ!あっさんもどうぞ入って」 「お邪魔します。突然訪ねてごめんなさい」 「気にしないでいいよ、俺の家が学校から近いからってしょっちゅう上がり込むんだ、アイツ」 小平太は 中身もどうやら相変わらずのようだ。 女子にキャーキャー言われていた時はどうしたものかと思ったが、少し安心した。 留三郎の自室に案内される。 寮の部屋よりも広くて風通しの良い部屋に、僅かながら湧く嫉妬心。 「なあ留三郎、“前世の話”なんだけど」 留三郎の物であろう一人用ソファを早々に占領した小平太が 問いかけた。 「あれか?お前がよく言ってる忍者の……俺とお前が忍者の学校の同級生って話」 「それそれ。ここに居るも、俺達と一緒に学んでた」 「さん、本当に?」 留三郎は 怪訝そうな表情で私を見ている。 恐らく 小平太の“前世の話”を話半分で聞いているのだろう。確かに夢物語のような話なので、無理はないが。 「本当。小平太はホラを吹いてる訳じゃないよ。とめ……食満君の昔の姿、私もよく覚えているから」 「俺が覚えてない俺の友達、ってそういう事か……俺ってどんな奴だった?」 「うーん、面倒見のいい熱血漢?」 「なんかアバウトだな」 そう言って 留三郎が笑った。その笑顔が無性に懐かしく、なんだか嬉しい。 しかし 現世では出会って間もないであろう留三郎によく話せたものだ。やはり小平太のこういう所は凄い。 「なぁ、長次はどこに居るんだろう」 小平太がぽつりと呟いた。確かに、あとは長次が見つかれば完璧なのだが。 「私も長次とはまだ会っていないから……」 「長次はバレーやってないのかな。やってたら試合で会えるかもしれないのによー」 「ここまで来たら 長次も絶対身近に居ると思う!だからきっと会えるよ、うん!」 力強く言い放ったものの、確証は無い。 「しっかし がバレー部だとは思わなかったな」 「いや、人数合わせで出場しただけだから 本当は帰宅部なの。試合に出たのは今回だけ」 「なぁんだ。道理で 一番動きがイマイチだと」 「……私達の試合観てたの!?嫌だ恥ずかしい!」 十五歳で別れた 私の大好きな人達。 時は巡り、再度訪れた十五歳・十六歳のとき。 今度こそ 戦の無い世で 私達は笑いあって、そして、 (12.9.8 いんねんの、じゅうごさい) |