此処らへんで活動している忍なら誰もが知っている、そんな武士が居る
その武士は阿修羅と呼ばれている……随分御立派な渾名だが 自らがそう名乗っているようだ

阿修羅を暗殺するなんて 天地が引っくり返っても不可能ではないか、と 忍の間では言われている
現に 様々な城の忍達が阿修羅暗殺を命じられているが 未だ成功者は居ない


何が恐ろしいって そいつの笑顔はたいそう美しいそうなんだ
そいつに殺される直前だというのに その笑顔に見とれてしまうという話だ




私も遠目からだが 戦場で阿修羅を見た事がある

私は驚愕した・・・阿修羅は女だったのだ
まさに戦場を駆ける姿は華美だった、戦場で一人完全に浮いていた彼女が 今も脳裏に焼き付いている


阿修羅の表情は嬉々としていた




「あはっ!気分はどう?貴方は今から死ぬんだけど」

完全に逃げられない状況で刃を向けられている相手の顔は 恐怖で歪んでいるようだった


「……私で良かったわね、一瞬で終るわよ」

阿修羅の表情は 私からは見えなかった
ただ 冥土の土産にぴったりな笑顔を向けていたのだろう・・・皮肉だがな


「あっははははははは!」



阿修羅は 何がそんなに面白いんだろうか

正直鳥肌が立った  阿修羅と名乗るその女は狂気そのものだと思った




だが ひとつ 気になる噂はある

阿修羅は戦場で対峙する敵兵以外には絶対に手を出さないらしい


村を焼いたりする事には特に嫌悪感を抱いているようだ
無関係の人達を殺した者には たとえ味方であろうとも容赦しない

人を殺めて高笑いしている阿修羅と その噂の阿修羅が同一人物とは思えない


彼女について もっと知りたいと思っていた頃 仕えている城の城主から私に命が下った



「阿修羅を、殺せ」







阿修羅のペルソナ







「阿修羅を殺せ 不可能だと思ったら一旦退け、か…」


城郭に隣接されている彼女の住処には 簡単に侵入する事が出来た
本当にこれがあの武勇名高い武士の住処か?と疑ってしまう



天井裏からそっと部屋を窺うと そこには彼女が居た

あまりにあっさりと発見してしまって 逆に焦る



厳つい鎧兜ではなく 高貴な女性が着るような着物を身に纏っている


この女が本当に あの・・・




「…今日はどちら様?」


そう呟いて 視線を天井の隙間の僅かな穴のその先…つまり私に向けた




何故気付かれた、気配は完全に消していた筈…
そんな事を考えていたら 阿修羅が立ち上がってクスッと笑った


「私を暗殺しようったって無駄、鋭いのかしらねぇ…絶対に気づくんだ」
「・・・・・・・・・」
「…でも、時々天井裏を駆け回る鼠とは…貴方ちょっと違うわね」

鼠というのは 恐らく暗殺を狙って侵入した忍の事であろう


「貴方に…私への殺意を感じないのは何故かしら」



全く この女は恐ろしい

確かに 私はこの阿修羅という女がどんな女かをもっと知りたかっただけだ
暗殺は…その後でいい



「……ねぇ、此処に降りてきてよ」
「…あの阿修羅の前に忍が姿を晒せと?」

まあ いくらでも変装出来るから 姿を見せる事だけなら構わないが

「戦闘意思の無い人を殺める趣味は無いから安心して」
「…今まで侵入した“鼠”にも そんな事を言ったのか?」
「いいや、みーんな私を殺そう殺そうと思ってた…だからさっさと帰らせたけど」

そういえば 暗殺しようとした忍が阿修羅に殺された、なんて話は聞いた事が無い


「貴方には殺意が無い、だから少しお話でも…どう?」


阿修羅のあまりの緩い雰囲気に いつの間に彼女の前に姿を見せていた
勿論 顔は変えているが・・・


「はじめまして」
「…この至近距離なら君をすぐに殺せる、武士としてまずいんじゃ」
「だからー貴方から殺意を感じないって言ってるじゃない」
「全く…恐ろしい女だね」
「阿修羅、ですから」

そう言って 彼女はにこりと微笑んだ


「…君は綺麗に笑うね」
「あらっありがとう!最近の忍者は口も達者ね」
「その笑みを死ぬ間際の奴に見せてるのか」
「あぁ、それは違うわ…その笑顔は作られた笑顔だから…手向けの花?……大袈裟か」



残忍な戦好きだと思っていたが 少し違うようだ

こうしていると 普通の女子と何ら変わらない所が・・・彼女の一番恐ろしい所なのかもしれない



「貴方は忍者だから名を名乗ってくれないとは思うけど…」
「そりゃあ…」
「また此処に来てくれたら、私の名前を教えるわ」

阿修羅が何を言っているのか 解らなかった


「殺意を抱いて私の前に現れたら流石に教えられないけれど…また遊びに来てね」
「……君の考えが解らないんだけど」
「私、貴方の事を気に入ったわ」
「“阿修羅”はそんなに甘い奴だったのか?」
「…私が阿修羅なのは戦場だけ、それだけはよーく覚えておいてね」

そうして また笑った










翌日 私はまた彼女の許へと向かっていた
勿論 殺す気は更々無い




「あっ…また来てくれたのね!」


やはり気配を消しているつもりでも 絶対に気づかれてしまうようだ
大人しくしている姿は 虫をも殺さないような顔つきだというのに



「今日は違う顔に変装してるのね」
「一応…しかし本当に鋭いな、誰かと疑う事無く私だと気づいて」
「雰囲気で分かるわよ!あと…私は
「……?」
「本名はだから、何とでも気安く呼んで構わないわ」


戦場でも名乗りを上げる事のない自らの名前を あっさりと教えてくれた


「私は心を許した人にしか 私の名前を明かさない」
「会うのはまだ二回目なのに?」
「貴方の空気って なんというか…私に似てる」
「ははっ 私は笑いながら人を殺すような趣味は無いよ」
「私だって無いわよ」
「いやいや…笑ってるだろう?」
「…私…戦やってる時の記憶があんまり無いのよね」

どういう事だ…あの狂気は無意識とでも言うのか


「貴方は変装が得意そうだけど・・・本当の貴方の姿を何人が知ってるのかしら?」
「・・・さぁね」
「阿修羅の中に居る本当の私の姿を知ってる人は…殆ど…居ないわ」

は 複雑な表情を見せた


「私の家族は皆 戦に巻き込まれて死んでいった…“阿修羅”は復讐の為に生きてる
 そうして私はこんなに強くなったわ、でも残念な事に私の心は何処かへ消えてしまった」


戦乱の世に復讐する為に戦っていたのに いつから彼女はああなってしまったのだろう



「敵を討つのが楽しくなっていった自分が怖かった…私も皆を殺したあいつらと同じなんだ」
「戦場で敵を討つのは当然の道理」
「ねぇ…私……そんなに戦場で笑ってる?」
「…凄く楽しそうに刀を振っているよ」
「ああ…そう……そうね、私の身体はいつも返り血でいっぱい…」


は徐に立ち上がり 部屋の隅に置いてあった刀を私に差し出した


「貴方と接していると 阿修羅が何処かに消えてくれるの」
「それはよかった」

「ねぇ、私を殺してくれない?」





阿修羅を 殺せ

好機だ、天地が引っくり返っても暗殺出来ないと言われている武士が自ら死を望んでいる



「何故…そんな事を言うんだ?」
「私のような奴は さっさと地獄に堕ちるべきなのよ」


違う  戦場で敵兵を討つ事は当然の事だ
ただ闇雲に殺める事を楽しむような奴とは 違う  心の奥底で苦しんでいるんだ


「…優しいんだ、は」
「私の何処に優しさが…」
「死ぬ必要は無い」


忍、失格だな

おかしい 私とした事が 利より情を選んだのか


「辛いなら もう戦場に出なければいいんだよ」
「…でも 戦場以外に居場所が無いし」
「現に 私が今此処に居る」
「……貴方の名前を教えて」
「鉢屋 三郎」








その後 誰一人として戦場で阿修羅を見る者は居ない  故に暗殺説も浮上している



阿修羅はこの世にはもう現れないであろう

という人間ならば 私の傍に今も居るが







(08.9.3 本当の私を曝け出せ)