信じられない、なんと淡泊なのだろうか

今年度第一回目の委員会が開かれた日から一週間が経過したが あの日以来 彼女と会話をしていない
同じ教室で授業を受けているのだが 会話をする機会が全く無かったのだ


俺がさんに話し掛ければよかったと言えば それまでなのだが…
生憎 彼女は女友達と話しているか 真剣な眼差しを文庫本に向けているか、だ

席も離れているのだし 用も無いのに話しかけるのは不自然だ
そもそも そこまでして彼女との仲を深めなければいけない訳ではない

…とはいえ まさか あれから一度も話さずに 今週の委員会を迎える事になるとは



「…さん、」

俺は彼女に声を掛けた  一週間振りの会話だ

「はい?…あっ 委員会の事で何か…」
「あ、まぁ…」

俺が話し掛ける イコール 委員会絡みの事、と思っているんだな 彼女は
そう考えると 悔しいような虚しいような 変な気持ちになる

確かに委員会絡みの事柄だがな…


「俺 今日掃除だからさ、アレを先に委員会の部屋に持って行ってほしいんだけど」
「…アレって?」
「理科準備室の 奥から二番目の棚にあるコーヒーメーカー」
「・・・・家庭科室じゃなくて?」
「うん、理科準備室」


ちなみにコーヒーメーカーを持ってこい、というのは 学園長命令だ
自分で運ぶのは億劫なので 生徒に運ばせる為に理科準備室に保管させてあるのだ

毎回コーヒーを飲む訳ではなく 学園長が張り切ってお茶を点てる時もある
お茶の準備は特に面倒臭いので 作法委員会でやってくれと正直思う
まぁ 作法委員会は作法というよりオカルト委員会っぽいが・・・・・とは口が裂けても言えない


「分かった、それを持って行けばいいのね」

俺が頷くと 少しだけ微笑んで 彼女は教室を出た


「…うーん まだ笑顔が強張ってるなぁ」







 vol.2 eccentric red






掃除をさっさと終わらせて 委員会の教室に向かう
コーヒーメーカーを運び終えた彼女が きっとSF小説を読み耽っている筈だ


「有難う さ・・・・あれ」

扉を開くも 彼女の姿は見当たらない
この部屋に居るのは二年生の男子 ただ一人だ


「…どうしたんですか?」
「……あれ…さんは?あのー先週俺の隣で小説読んでた」
「まだ 来てませんけど…」

理科準備室は 此処からそう遠くない
五年なのに学園内の地理が分からない…なんて事は無いだろう


さんにコーヒーメーカーを頼んだんだよね」
「…あれ鉢屋先輩が頼まれてたのに!」
「いや掃除だったんだよ 掃除」

二年生に怪訝な顔をされた

確かに掃除があるといえども 自分で取りに行く余裕はあった
・・・少し彼女と会話をしたかっただけなんだ 何となく、そう 何となく






その時 廊下の方からドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた



「は…鉢……コー…」


足音はさんのものだった
息を切らし 乱れ髪のさんが教室に入ってきた


「…ハチ公?」
「違……メーカーってこれ………っぎゃ!」


叫び声と共にさんの身体が地に向かって倒れていくと同時に コーヒーメーカーが宙を舞った


「うわっ さ・・・」

彼女の身体を支えようと手を伸ばしたが 既に彼女は顔面を床に強打していた
だが 彼女の両腕は しっかりと 宙に浮いたコーヒーメーカーをキャッチしていた



さん大丈夫!?…ごめん間に合わなかった」
「入口で躓いちゃった……ナ…ナイスキャッチでしょ…我ながら」

女の子なんだから コーヒーメーカーよりも自分の顔を守ったらどうなんだ
…と 言おうとしたが 止めておいた


「棚にコーヒーメーカーがふたつ置いてあって 迷っちゃって」

そう言って顔を擦りながら あはは、と笑う彼女の 鼻から一筋の赤い汁が…

「…さん!鼻血鼻血!」
「え?…あっ本当だ どうしよう」

俺がコーヒーメーカーを受け取り 机にあった箱ティッシュを差し出した時は 既に両鼻から血が垂れていた


「鉢屋君、鼻ぶつけたみたい」

「うんそれは分かるから とりあえず保健室に行っ…」
「鉢屋君、顔が見えない」
「・・・え?」

彼女は右手で鼻を押さえているが 左手は床を探っているような仕草をしている

「コンタクトが外れちゃって よく見えない……」



こんな事になるのなら 彼女にコーヒーメーカーを運んでおいてくれ、なんて 頼むんじゃなかった
俺は反省しながら 彼女を保健室に連れて行く事にした














「あぁぁ…裸眼だと 階段がちょっと怖い…」


あのクールなさんが 俺の腕にしがみついている・・・不思議な光景だ


「鉢屋君 ごめんなさい…」
「いいって、頼んだのは俺だから 俺にも責任あるし」
「…躓くとか…弛んでる 私」


彼女の腕は 思ったよりも華奢で 強く握ったら折れてしまいそうだ

今週も 実に色々な事が発見出来た、大収穫だ
…転ばなそうな人でも 普通に転ぶんだな



「…ねぇ ちゃん」

「………私!?ちゃ…えっ?」
「俺の事 嫌い?」
「…貴方に何かされた訳じゃないのに どうして嫌いになるんですか」


彼女に興味があるのは事実だ
だが 俺は自分自身が思っている以上に どうやら彼女が気になるらしい

恋?…いやいや まさか……


彼女という人間の深層を 覗いてみたいんだ







(09.6.16 本気の鼻血って全然止まらなくて眩暈がする)