冷たい眼を此方に向けて 黙って 彼は行ってしまった


待って、待って、

必死に叫ぶものの 彼には届いていないようだ



私は誰も居ない空間で 泣くの





そこで いつも目が覚める
まさに 悪夢だ・・・・この夢も何度目だろう




私は寝間着のまま井戸へ行き 水を汲み 顔を洗う


「…頑張らなきゃ」


ぱちん、と己の頬を叩いて 気合を入れる
両親が遺してくれたこの茶屋を 誰よりも私が大事にしなければならない


「そうよ…留ちんも頑張ってるんだから」






 第肆幕







「山城のおばさま、いつも有難う」
「こちらこそ!こうしているのも ちゃんが看板娘として頑張ってるお陰だわ」


団子をはじめとした菓子を作っているのは、以前 山城国に住んでいた叔母さまだ
身寄りの無くなった私の為に此処まで来てくれた
叔母さまが居なかったら この茶屋だって当然続ける事は出来なかっただろう
私も少しは菓子を作る事が出来るが 忙しい時は売り子が居ないとてんやわんや、なのでね


叔母さまが山城国の実家に帰る 夏休みの一時期は この茶屋もお休みだ

今日から暫く 叔母さまが帰る
今日のぶんの菓子が売れたその瞬間から 私も夏休み


寂しい、夏休みが始まるわ











「じゃあ、お昼も過ぎたし そろそろ行くわね」
「はい」
「何かあったら御近所の方々にすぐに助けを求めるのよ?無理しちゃ駄目だからね!」
「ふふっ…大丈夫ですって!」




叔母さまの後ろ姿を見つめながら お店の中へと戻る


陽が沈む前に 店仕舞いをしてしまおう
暗闇に包まれる前に 眠ってしまいたいから



「……あれ、今日はもう終わりなのか?」


外から 声が聞こえた

これは 夢じゃ…ない?



「留ちん!!」

「そのあだ名は確定なのか…っていちいち抱きつくな!暑い!」
「会いたかったわ旦那様ぁ…」
「はいはい」

「ところで 何も無いのに突然来るなんて珍しいけど どうしたの?」
「……団子を食べに来ちゃ悪いか」
「私に会いに来てくださったのね!嬉しい!」
「何故そうなるんだ……まぁいいけど」





叔母さまの作った 残り少ない団子を差し出す


「いつも奥で団子作ってる人が居るけど 今日は居ないんだな」
「叔母さまは夏休み、さっき故郷へ帰ったわ」
「俺も今日から夏休みなんだよ」
「そうなんだ…」



貴方も故郷に帰ってしまうのかしら
それとも 学園に居るのかしら



「…らしくねぇな、今日のお前」
「……そう…かなぁ?」
「いつもは もっと五月蠅い」
「…叔母さまが帰って 今日から暫く一人きりなの…だからかしら?」



同情の優しさなら要らない、そう思って 私自身の事は話さないようにしてたのに
私の全てを知ってもらいたくなってしまった

ああ どうしよう 離れたくない



「帰らないで」


「・・・え?」
「あっいや…夏休みなら もうちょっと此処でのんびりしても大丈夫でしょ?」
「…あぁ、まぁな」




私は いつも必死なんだ  空回り感が否めないけれども


少し強引なやり方だとしても 好きな人には何処にも行ってほしくない、私の勝手な欲望




「最近 悪夢を見るの……私はいつも一人だわ」






 *   *   *






五月蠅いけど よく笑って
あの女は 悩みとは無縁なんだと勝手に思っていた

が寂しい思いをして日々過ごしているなんて 俺は初耳だった
同情心で一緒に居てもらっても嬉しくないから、だとさ




いつの間にか 夕暮れ時になっていて



俺は店の奥にある居間に通されている
居間というより と 彼女の叔母さんの居住空間と言った方が相応しいが



部屋の奥で が丸くなりながら眠っている

最近あまり眠れていない、と さっきは言っていたが



「……、俺を放置するとはいい度胸だな」
「・・・・・・・」


規則正しい寝息を立てて は眠り続ける


「本当に寝不足だったんだな、お前」




着物から覗く白い肌に思わず目を奪われる
と、同時に あまりの無防備さに些か呆れた



「夏だからって薄着で寝てたら風邪ひくぞ」

の額をぺちっと軽く叩くと 呻りながらがゆっくり目を開けた


「ご…ごめん……寝ちゃってたのか、私」
「悪いな、布団が何処にあるのか知らねぇから起こした」
「うん……あら…もうすぐ夜ね」


不思議な事に 今日のはなんだか放っておけない、そんな気にさせる
多分 の生い立ちや今の生活の話を聞かなくとも 同じ気持ちになっていただろう



「今日のお前は本当に“お淑やか”だな」
「・・・あら 可愛い?」
「逆に不気味だな」
「なにそれーいつもは大人しくしろだの何だのって言うくせに!」
「今日分かったよ…俺は 喧しいが好きなんだな」
「・・・・・・いやんっ!」

に思い切り背中を叩かれた
相変わらず こういう時の力は半端じゃないな


「夜が怖いか?」
「留ちんが居れば全然怖くないんだけどな〜…な〜…?」
「……今日だけだからな」
「キャーッ!」
「喧しい!いちいち騒ぐな!」

「・・・・・・」


ようやくが黙ったと思いきや するすると着物を脱ぎ始めた


「…何してんだ」

「何って…一夜を共にするって事は……ウフッ!」
「お前は何処でそういう事を覚えてきたんだ!着ろ馬鹿!」
「あらあら照れちゃってー」
「お前はもっと慎ましくなれ!」








(08.12.5 まるで修学旅行のような…)