「私達のアヒルさんボートが壊れたぁ?」

「うん…だからちゃんが用具の人に明日修理を頼んでくれたら…嬉しいな」


そうか  だから目の前に居るこの友人は 今夜の食事は奢りますよ、なんて言ったのか


「確かに私も使ってたけど、どうして私に?明日は特に用事は無いけど」
ちゃんって 男子との交渉が得意だから・・・お願い!」

男子との交渉なんて得意だった記憶はあまり無いのだが…
しかし 現にこうして定食を奢ってもらってしまった

「別に良いけど…あんたもう少し異性に耐性つけた方がいいわよ」
「だ…だってちょっと怖い……ちゃんは男勝りだから羨ましいよ…」

これは褒められているのだろうか

「でも、異性全体を怖がってたら 一人前にはなれないんじゃ…」
「私は護身術になればってお父様に言われて忍術を学んでるから…忍にはならなくていいんだ」
「護身術というより暗殺術って感じよね…忍術って」






こうして 私はボートを直してもらう為に 用具委員長の許へ行く事となった


「ボート直してください」「了解した」・・・ただそれだけだと思っていたのに
この後 大混乱が待ち受けていようとは この時の私は知る由も無かった







副菜選びは慎重に









授業が無いと 誰が何処で何をしているのか なかなか把握できない

現在の私の状況は 食満をたずねて一里…といった所だ




「あ、先輩だ」


その声に反応し振り返ると 何かを抱えたしんベヱ君が立っていた

「きょろきょろして…お探し物ですか〜?」
「お宅の委員長を捜しているのよ」
「ぼくもこれから食満先輩に用があるので 一緒に行きましょう!」

「ところで 抱えているそれは何?」
「先輩に頼まれたんです、お昼に食堂に戻るのは面倒だからおにぎりを持ってきてくれって」
「・・・何処に居るんだ 一体」
「学園の端っこにある小屋を直しているんですよ」
「…忍者より向いてる仕事があるんじゃないの…彼」





暫く歩いていると 広い敷地の一番端にある物置小屋に辿り着いた



「せんぱーい!」

屋根の上に居る食満に向かって しんベヱ君が声をかけた


「おぉしんベヱ、悪いな!…って!?」
「これ ここに置いておきますねー!あと、先輩も先輩に用事があるそうですよー」
「おぉそうか…」



しんベヱ君が お腹を鳴らしながら 来た道を戻って行った
きっと この後食堂に駆けこんで おばちゃんの美味しいご飯をたらふく食べるのだろう



「で、お前の用事は何だ」

食満が 屋根から降りてきた
これから此処で昼食をとるようだ


「くの一教室のボートが壊れたので 直していただきたい」
「またボートかよ…どいつもこいつも使い方が粗いな」
「がさつって言いたいの?私達のボートは初めて壊れたんですけど」


おにぎりを頬張る食満を横目に 私は小屋に入ってみる
この小屋には一体何が置いてあるのか 以前から気になっていた

中には 薄汚い壷や箱が乱雑に置かれていた


「食満ぁ この壷の中に骨とか入ってたらどうしよう」

「・・・・・・・」


返事が無い  そんなに食事に夢中か?


「…ん?なに この草 おばちゃんって沢庵のように草をそのまま入れるような事 したっけ」
「しんベヱが…添えてくれたんじゃないのか…」
「もしそうだったら優しい後輩ね……食用の草なのかよく分からないけど…美味しいの?」
「…美味いんだが…視界が霞むなぁ」

「・・・・・それ まずいじゃない!ちょっと大丈夫!?」


私の声は 届いているのか いないのか
目を見開いたまま うんともすんとも言わなくなってしまった


「起きてる!?大丈夫!?…なんか怖いから新野先生呼んでくる」


保健室に行こうとした私の腕が 後ろへと引っ張られた


「俺は大丈夫だ、至って正常」

「…なら いいけど……」
「ところで は俺の事どう思う?」

「・・・はい?」

どう思うというのは つまり…どういう事だ


「その…それは……?」
「とぼけた顔も可愛いな…」
「はぁ!?…あんた誰よ!誰気取りのつもり!?」

思わず 掴まれていた腕を振りほどく


「正直、小屋の修理とか面倒臭いよな」
「…用具だから仕方ないじゃない…って 趣味みたいなものじゃなかったっけ?」
「こんな晴れてる休日に 馬鹿真面目に何やってんだよ俺って感じ?ハハッ」


食満にあって食満にあらず・・・私の前に居る男、まさにそんな感じだ

おばちゃんのおにぎりで頭がおかしくなるなんて あり得ない
という事は 明らかにこの謎の草が……いや そんなまさか…



「ねぇ 大丈夫…?私を騙そうって魂胆でしょう」
「俺はの気持ちが知りたい」
「だから話が掴めないよ全然!」
「お前が俺を好きだと言ってくれたら 俺の三年間の想いが報われるってもんだ…」
「・・・・そ・・・それは・・・」


駄目、動揺しては駄目よ…!

今の食満は恐らく謎の草の所為で錯乱状態…信じたら後で痛い目を見るに決まってる


「さ…さては喜車の術!その手には乗らないわ」
「どこまで疑り深いんだ は…」



―――しんベヱ君は一体 何の草を入れたのだろう
見た目は蓬に似ている気はする・・・恐らく 蓬とこの草を間違えたんだ

しかし痺れる様子も無いので 毒草とも思えない…

やはりここは新野先生…百歩譲って善法寺でもいい、訊きにいかなければ


「調子狂う…変な草 吐き出してよ!……ていうか…あの、顔 近いんですけど…」
「将来お前が忍として 何処かの男に房中術でも仕掛けるなんて展開だけは絶対に嫌だ…」
「…なっ!なんちゅう話を昼間からするのよ!」
「それなら先に俺は…お前を」
「待った待った待ったー!!もう駄目だっ保健室行かなきゃ!」


本人の自我が失われている今 しかも昼間に抱かれるなど言語道断
私も彼への好意はあるが こんな形で結ばれるなどまっぴら御免である ・・・しかもこんな所で








私は少量残っていた謎の草を右手に そして食満を左手で掴み 保健室へと駆けこんだ



「新野先生!」


「あぁ、新野先生は夕方まで戻ってこないよ」

目の前には 戸棚の整理をする善法寺 ただ一人


「うわぁ…百歩譲って善法寺ってワケね…」
「なにそれ!…で…何処か怪我でもした?」
「食満が乱心した」
「……うん…何だろうって気になってたよ…」

先程から私の事を後ろから抱きしめてというより羽交い締めにしているこの男を見ながら 善法寺が苦笑した


「二人ってそういう仲なの?それとも変な茸でも食べた?」
「…茸じゃなくて草」
「草?」
「しんベヱ君、絶対蓬とこの草を間違えたんだと思うの…これなんだけど」


羽交い締めにされている私は 善法寺になんとか謎の草を手渡した


「あぁこれ 以前新野先生が裏庭に生えてたって大騒ぎしてた草だ…名前が思い出せない」
「やっぱり騒ぐ程のモノなのね…この蓬もどき」
「おい、他の男と喋ってんじゃねぇよ」
「あーもうっ勘違いも甚だしい!後で自分の行動を悔いるがいいわ!」



善法寺が薬草事典のようなものを取りだした
いつもはただの不運委員長だけど 今は頼りになる立派な委員長だよ、善法寺


「そうだそうだ!蔓羽草だ」

「つるう…そう……?何それ」
「毒は無いんだけど…まぁ笑い茸みたいなもので、そういう厄介な症状が出るというか…」
「錯乱するとか?」
「……本能のままに行動するというか、本心を隠さないという…症状が…」
「・・・・・・・・」

羽交い締めが本能だと…?

「だから公にはされてないけど この草を罪人の食事に混ぜて色々訊き出せたり…」
「なるほどね……」


「とりあえず普通の解毒で症状は改善されるから…ちょっと待ってて、今準備するから」

善法寺が薬草のようなものを擂りはじめた


「…ところで はどうなの?」
「どうって…何が?」
「僕の記憶だと の僕を見る目と留三郎を見る目が違ったような」
「……何が言いたいのかな?…それは私がこの人の事が好きだと言いたいのかな?」
「うん」
「…………そうか…バレバレでしたか…」

「…いっそ 解毒しなくてもいいんじゃない?その様子だと片想いじゃなさそうだし」
「それは駄目!…こんな形で結ばれても……全然嬉しくない…」
「そう言うと思った」





ボートを直して、と言うだけの筈だったのに どうしてこんな事になったんだろう


「…食満、そろそろ腕が痛い」
「あぁごめん」

あっさりと解放された  早くこうすればよかったわ



「出来たよ!これを飲めば多分すぐに元通りになる…と思う」

善法寺に 明らかに不味そうな色をした粒状のものを渡された

「さすが委員長!はい、これ飲んで」
「…分かった」

拍子抜けする程 随分聞き分けが良い


「・・・・・・・」

私と善法寺は固唾をのんで その様子を見守っていた
当の本人は黙ったままだ


「……ねぇ善法寺、我に返った食満が最初に何て言うか予想してみようか」
「そうだなぁ…『あれ?俺は何故こんな所に居るんだ』と予想」
「じゃあ 私は『醜態を晒した気がする』に一票」


そうこうしているうちに 食満がすっくと立ち上がった

「……小屋の修理は!?何をしているんだ俺は」


「…お互い外したわね、予想」
「そうだね」


「どうして伊作がこんな所に…って保健室じゃないか…記憶が無いぞ……」



私が言うのは少々照れ臭いので 善法寺に事の顛末を話してもらった
ちなみに 保健室に行く前の会話は 私の心の中にしまっておきます



「本当迷惑掛けた、ごめん・・・・恥ずかしいやら情けないやら」
「いいよいいよ事故だし…別に嫌な事をされた訳じゃないからさ」


あとでしんベヱ君に「あれは毒草よ」と強く言っておこうと誓った
この草は 色々な精神的負担が大きすぎる



「食満」
「何だ?」
「蔓羽草無しで 気持ちを伝えてくれる日が来る事を…待ってるから」
「おう・・・?」







(09.3.9 つるう=true草(ただのシャレ)……勿論フィクション)