夕食後 部屋に戻ろうとした時
とんとん、と 後ろから肩を叩かれた

「兵助く〜ん」

少女の顔、なのだが 胴体が明らかに男
そして 声が明らかに鉢屋三郎そのものである

「・・・・三郎、よりによって何故その顔なんだ」
「さっき 夕飯を食べてたらふと思い出してね…彼女の事を」
「この顔は 二年前…くらいか」
「可愛かったよね、さん」


まったく酷い男だ
俺がを考え続けている事を 知っている筈だというのに


「でも さんは兵助の事しか見ていなかったからなぁ」
「………いや アイツは海ばかり見ていたよ」




俺は の瞳に映る海が憎かった

は海の向こうに夢中だった
俺は 海を見つめるを黙って見ていた


は 今も何処かで生きている
俺の記憶の中のは 今も海を見つめて笑っている
だが その姿は二年前のままで


彼女は俺の過去で生きて 過去という空間に俺を縛っている、笑顔で

実に憎たらしい女だ



「…今日は寒いな」
「そりゃあ、もうすぐ冬だから」







過去進行形








「私は南蛮がどんな場所なのか 見てみたいの」


校舎の屋根の上で がそう呟いた
此処から 海を微かに眺める事が出来る


は貿易商の娘だろ、そんな夢 叶えようと思えば明日にでも叶う」
「んー違う違う!兵助と一緒に見てみたい」
「…そりゃあ、どうも」



同い年のは 華奢な割には当時の俺より背が高かった
くの一になる気は更々無いが 護身術の為にと忍術学園に通っていた 所謂お嬢様だ


「兵助〜卒業したら行こうよ〜」
「お前…簡単に言うけどよ、俺は南蛮とは縁も所縁も無いんだからな!」
「まあ、卒業まで後三年間あるから焦らなくてもいいけど…」
「そもそも俺は 海の向こうには興味無い」
「…あれ そうだっけ?海好きそうなのに」


俺が隣に居るというのに は視界の向こうにある海に夢中だった
それなのに 憎き海を好きになれと言われても無理な話





!また屋根に上って…」

地上から 山本シナ先生の声が飛んできた


「ああ、もうバレちゃった」
…俺もついでに怒られているんだからな 毎回…」
「そうなの!?ごめん、今度から一人で上るわ」
「い…いや 俺も……屋根は好きだから…別にいいけどよ…」

今思えば 屋根が好き、なんて理由は相当無理があった気がする


「南蛮に行けたら ビードロを沢山持ち帰りたいんだ あっちのビードロは凄いよ〜」
「へぇ…」






俺とは 視界の広さが全然違ったんだ

未だ見ぬ“海の向こう”に想いを馳せる程の余裕など 俺には無かった
いや 俺は普通だろう、が子供らしくなかっただけで


何故 俺達は一緒に居たのか……解らなくなる










「・・・・おーい、兵助?」


目の前に三郎が居た事を すっかり忘れていた

「……あぁ…ごめん」
「真剣な顔して黙っちゃったから焦ったよ!…申し訳ない そんなに固まるとは思わなかった」
「アイツは今頃 南蛮の事しか考えていないんだろう」
「…そうかなぁ?」
「そうだろ」
「即答ですか」










を含めた一行が 出航する日――


俺はが 生きて帰ってこれるかも分からない旅に出るという事実を認めたくなかった
だから 船の上で楽しそうに笑っているなど 見たくもなかった

同学年のよしみで 結局俺も見送りに行く羽目になったわけだが


今生の別れじゃないんだから、と言いながら くの一教室の友人達と握手をしていた
その様子を横目でちらりと見た時 と目が合ってしまった


「あれっ兵助!来ると思わなかった」
「まぁ…皆で行こうぜ的な話になったんで…」

が此方に駆け寄ってきた


「兵助、私やっと 海の向こうに行ける事になったよ」



その言葉が やけに重かった


これは の夢だ
俺一人のちっぽけな恋心に 夢を阻む権限は無い





「……もし私が帰って来た時に 兵助が私の事を忘れてたら、ぶっ叩く」
「それはお互い様だよ」



最後に が俺に耳打ちした


「貴方が…大好きだから離れたくないんだけど……今しか行ける時が無くて」


「……お前が一番好きなのは…海だろ?」
「…男子って バカよね」




そうしては 俺達の前から姿を消した
最後の言葉がバカ、とはな…












「ところで三郎 どうして平然と俺の部屋に居るんだ?」
「あぁ、兵助にちょっと見せたいものがあって……」

三郎が部屋の外に出て 何か言葉を発した



「・・・協力感謝するわ、鉢屋君」
「いえいえ」


三郎が立ち去ると同時に 部屋の入口に現れたのは 一人の女
鮮やかな着物を身に纏い 変わった簪を髪に挿している





「・・・・・何、してるの」



「二年振りだね、あ〜私よりも背ぇ伸びちゃって…」

「うん……え?…さん?」
「はい、 帰ってきました!」
「……いや…ああ…帰ってきたのか……三郎め だからの話題なんて急に……あぁ、うん…え?」

自分で自分が何を言っているのか 解らなくなってきた



「海の向こうを見てきたの!顔も着物も言葉も違う人達が 南蛮には沢山居た
 時々船酔いに襲われたけど 凄く刺激的で勉強になって、楽しかったよ・・・」



は 随分大人っぽくなっていた
嬉しそうに話す彼女の表情は 昔と全く同じものだが


「…お前 本当にだよな…?幽霊じゃなくて」
「私を何だと思ってるのよ」
「………そうか…ははっ 本物かぁ……参ったな」


思わず を抱きしめていた
温かい身体が現実であるという事を再確認させてくれる

俺の心の中に居たが 二年振りに動き始めた





「本当は貴方も連れて行きたかったけど 忍者になる道を邪魔する事はいけないと思って」
「…そうだな、離れたくなくても 男は養う側だから手に職付けないといけないし…辞められないな」
「私は学園辞めちゃったワケだけど…兵助はちゃんと卒業してね」
「言われなくても そのつもりだよ」


「……そしたら 私を、」













(09.5.3 企画提出作品なのに初めて久々知を書いたという。タイトル出典:寺山修司)