「今回貴方に依頼する事…私の恋人のフリをして戴きたいのです」
「……ひ、姫君の…私が?」
「どうしても私と許婚との婚姻を阻止しないといけないの」
「許婚を決められてしまう事なんてよくあるのに どうしてそんなに…」
「もう、耐えられないんです…私を道具のようにしか扱わないこの家が」
彼女は大きな包みを差し出した
「どうぞ 開けてください」
「・・・・・・・・・」
銭の山、という単語しか思い浮かばないような光景が広がっていた
「報酬は…いえ、もっと出してもいいです」
「……じ…充分…寧ろ多過ぎる程ですよ」
「私の調べによると…実力、年齢、容姿、まさに貴方は理想形なんです」
恋人のフリをして婚約話を破談させるだけ
実戦でも無いのに こんなに報酬が貰えるんだ 何処に断る要素があるか
「わかりました、ただ…この依頼なら別に忍者じゃなくても…」
「父上が うちの城の忍を使って相手つまり貴方を襲う可能性があるので」
「……意外とおっかないんだな」
「私は、決行は三日後でございます」
深々と頭を下げた後 手を握ってにこりと微笑んだ
「よろしくね 利吉さん!」
「あ…あぁ、よろしく」
その笑顔で 何となくだが この任務は成功する…そんな気がした
檻中ノ花嫁
遂に 当日になった
彼女が密かに手懐けていた鳩が城下の茶屋に居る私の処へ来たら すぐさま出発する事になっている
城主の娘、つまり姫君であるさんは 異色の姫といってもいい
私は彼女の存在を知らなかったが 三年ほど忍術学園のくの一教室に在籍していた過去を持つ
彼女が訓練で大怪我を負った時に 父親が学園を退学させたそうだ
お前はこの城の大事な切り札となる
死んだら意味が無い、くの一としての能力は諦めろ……帰って来なさい
…彼女自身の事よりも 家の事を考える父に 彼女は憤りを感じているようだった
きっと もっと愛してほしかったんだろう
一人前のくの一になる為の訓練を三年間受けてきた経験を元に 時々彼女は城を抜け出していた
そこで 現在くの一として活躍する昔の仲間達から 私の事を聞いたようだ
その時 一羽の鳩が自分の目の前に現れた
「…まぁ 今回は役得な仕事、だろうな」
「、明日は許婚の…」
「父上 お話があります」
「・・・・何だ」
私は今 城内の大広間の天井裏に潜んでいる
この後は 頃合いを見計らって正面から爽やかに部屋に入る手筈になっている
爽やかに、というのは彼女からの注文だ
「私には 既に心に決めた御方が居るのです」
覚悟を決めたと言わんばかりに 彼女はそう強く言い放った
「……それが、どうした」
「…なので 今回の件についてはお断りさせてください」
「お前に決める権限があると思うか」
「はい、婚姻するのは私自身ですから」
「たわけが」
隙間から部屋の様子を覗くと 彼女は唇を噛みしめて自分の父親を睨んでいた
心が 痛んだ
笑顔があんなにも可愛らしい彼女に あんな表情をさせるほどの憎しみ
この父と娘は 解り合う事は出来ないんだろうか
もう見てられない と思った
予定より少し早いが さんのもとへ行こう
駆け寄って 彼女の手を握ってあげたい そんな気持ちになった
「私は…せめて最後まで学園に居たかった…皆と一緒に居たかった…っ なのに父上はそれを潰した!」
「あれよりもっと大きな怪我をして 使えなくなったらどうするんだ」
「私は物ではない、私は私だ」
「城の未来の為を考えろとあれだけ言っただろう」
「たすけて…利吉さ…っ…」
彼女の呟きが耳に入った時は 既に襖を開けていた
「御父上、私がさんとお付き合いさせて戴いている山田です…あっ」
名の知れている忍者故に偽名を使う事は 彼女と相談済みだった
しかし 勢いで偽名を使うのを忘れてしまった
名前を変えねば…しかしどういう名前にしよう……
「おっ…お前なんだっ何処からっ」
「父上っ私が茂吉さんを此処に」
茂吉って誰だ?・・・彼女が咄嗟に思いついた私の偽名か
私は今から茂吉…茂吉……彼女に助けられてしまったな
「さんを 戴きに来ました」
「……り…っも…茂吉さん!」
上や後ろに隠れている 忍者が……六、七、八……これは増えるな
早く如何にかしないと やられかねない
「父上、姫とか城とか…私にはもう関係ありません 茂吉殿の処へ行きます」
・・・彼女は 本気だ
「…お許しください」
「……よ、」
「はい」
「もう 勝手にしろ」
「…父上…!」
「但し明日の朝になるまでは 城から出るな…いいな?」
「はいっ」
彼女が私に笑顔を見せた
その笑顔が 見たかったんだ
明日の朝 彼女は自由の身になれる・・・・その時は ただ単純にそう信じていた
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(08.7.1 鳩の歴史って古いのね)