「城内に 鼠がうろちょろしているなァ?」


何故 バレたのか、私の演技が下手だったのか・・・ちらつく“絶体絶命”の四文字
何の変哲もない給仕に変装して諜知していたつもりだったのだが


一列に並んでいる給仕達が ざわつき始める
そりゃそうだ、私以外は本物の給仕だからな

ここは煙幕でも投げて逃げるしかないか…



「バレちゃあ仕方ない」

隣に座っていた給仕が そう低い声で呟いた


「……えっ」

顔を上げると 隣の給仕はにやりと笑みを浮かべて立ち上がった
間者は私だけの筈では――



その給仕は煙幕を張り 何者かと交戦し始めた


「おい!早く外に出ろ!」

私に掛けられた科白であった
完全に男の声である ・・・随分と女装が板についているな、と 非常時ながら感心してしまった




私は城を飛び出し 暫く駆けた
何処の誰だか知らないが 庇ってくれるとは随分と忍らしからぬ、心の広い人だ






*  *  *






潜入していた城から一里程度離れた御屋敷の屋根に腰掛け 遠くを眺める
息切れがなかなか治まらない

「やっぱり…くノ一に向いてないな、私」


元々 忍になる気は更々無かった
“成り行き”でなってしまった、意志も腕も中途半端な忍なのだ



「気を落とすな、貴方の給仕っぷりは良かった」
「うわっ!?」

振り向くと 先程の給仕…のふりをした忍が立っていた
首から下は忍装束だが 顔は化粧の所為で本物の女性のようだ
しかも其処らの女性よりも綺麗な顔をしているとは なんて憎たらしい男なのだ


「…どうして間者が私だと判った?あと何故助けてくれたの」
「私の依頼は 給仕に化けているくノ一の援護をする事、だったもので」
「……我ながら 本当に信用されてないのね…」
「くノ一の腕を信用していない爺さんが世の中には未だ沢山居るからな」

違う、私が浮ついているからだ




「給仕で使っていたさん…っていう名前は本名?偽名?」

彼が 顔を拭いながら 私に話しかけた

「本名よ、別に名の知れた忍でもないし」

化粧を落とした彼の顔は 女装時とはまた違った美しさを持っていた
この顔、何処かで見た事があるような・・・


「しかしこの屋敷は随分と広いな!さんは此処の御屋敷に住む娘を見た事があるか?」
「派手な着物を纏っている南蛮かぶれの娘さん、だっけ? 見た事は無いけど」
「綺麗な顔をしているそうだが…一度お目にかかりたいものだ」

飄々としているようだが 彼も美しい女性には弱いのだろうか
・・・男子たるもの それが普通、か


「…こんなに広い御屋敷で 隠居したいわ」
「ははっ 隠居って!今が一番体の動く年頃じゃないか」

今だって 辞めようと思えば辞められる
辞められないのは 忍を捨てた自分に一体何が残るのか…何も残りはしないからだ


「私にも 利子さんほどの機敏さがあればなぁ」
「ちょっと待って、この格好で利子さんと呼ばれるのには抵抗が…私の本名は利吉だ」
「…利吉さん…?…あぁ!」

何処かで見た事があると思ったが そうだ、あの売れっ子忍者とかいう男の名と一緒だ

「貴方がかの有名な山田利吉さんだったのね、あぁ…そういえばこんな顔だったような」
「私はそんなに有名か?」
「あらあら 謙遜しちゃって」

忍としての腕も確かで、男前
数多のくノ一は そんな彼に憧憬している
私は寧ろ鼻につく男だと勝手に思っていたが それは昨日までの話――

「利吉さんは大変ね、重要任務から 駄目くノ一の尻拭いまで 幅広い依頼が来て」
「駄目くノ一の尻拭いまでは扱っていないよ、扱うのは自信の無いくノ一の援護まで」
「駄目出しまで爽やかに言うのね」


利吉さんの言う通り 私は自信の無いくノ一だ
自信なんて無いから 向上心だって特に無い
今回の依頼も 給仕に変装するという事に魅力を感じたから受けたようなものだ



さん 本当に駄目な忍は些細な依頼すら貰えないものだ」
「…私が駄目じゃないとでも、」

彼が 頷いた

「給仕に化けるさんを数日観察していたが 良かったよ、今回は味方に内通者が居たからバレただけで」

褒められるなんて 何年ぶりだろうか
忍として独り立ちしてからは 一回も無かったのに



「おいおい…参ったな」


気付いた時には 涙が溢れていた
こんな感情が まだ残っていたなんて



「今度はさんと初めから組んで 任務を行ってみたいものだ」


この人と同じ所まで 私は昇れるのだろうか

「…この私に 売れっ子さんと一緒に働ける程の実力がつくかしら」
「私を買いかぶり過ぎだよ、それに実力がつくかはさん次第だ」




また、貴方の隣に立てるのだろうか  立ちたいんだ  いや、立ってやる


「そうやって色んな女に優しくすると 変な女に追っかけられるから気を付けた方がいいわよ?」

何処からともなく湧いてきた前向きな気持ちが 私を笑顔にさせた








火が灯される





(09.12.26 憧れのひと)