明日の生路




「…おお、さんじゃ!」

隣村に避難している村長と 久々に再会した


「この子達 戦場で迷っていたので 村長に預けようと思って此処に来ました」
「そうか…それは構わんのじゃが さんは此処に避難しに来た訳ではなさそうじゃのう…?」
「はい 私は戻ります」


さんは・・・忍者じゃったのか」

黙って頷くと 村長が私の手を強く握った

「でも 私は……もう 危険な事はしません  今日で最後です」





「お姉ちゃん ありがとう!」

幼い兄妹が 私に笑顔で手を振った


「…元気でね、こちらこそ有難う」





諜報活動をし 闇を駆け 暗中で人を傷つけるだけが忍ではない
未来ある人達を助ける事が出来たという事は 踏ん切りをつける良い切っ掛けにもなった
「闇を駆ける忍」は 今度こそこれでお終い


私の前に “私”が現れた事は 今でも不思議で不思議で仕方がない
“私”との全ての体験が壮大な夢物語……そんな気さえする

けれど 闇を駆ける事が大好きだった私の考え方を変えたのは “私”だ







村長達と別れた後 私は“私”が消えた場所へと戻った

不自然な枯葉の山が 彼女が私の前に現れたのは真実である、という事を示している


「手間掛けさせてごめんね……これからの私の生き様、見守ってて…大切な人達を護る為に生きたい」

そう呟いて 頭を下げた



文次郎に宜しくね ――彼女の最期の言葉が 今も脳内をぐるぐると廻っている






「…、大丈夫か?」

背後から聞こえてきた声に 思わず振り返る


「あ…あれ?どうして文次郎が此処に…ハッ!まさかその弐の文次郎版!?」
「おい 落ち着け、俺は本物だぞ」
「…じゃあ どうして此処に」

悲しい訳ではないのに 何故だか涙が出そうになった

「ひとまず俺の任務は終わったからな、お前達は大丈夫かと思って来てみたんだが…」
「大丈夫…子供達も村長に預けたから 今からそっちに戻ろうと思ってたの」



文次郎が不思議そうな顔をして枯葉の山を見ている

「…それ 髑髏のあの人」

「…この不自然な枯葉が?…髑髏の女がどうして枯葉になっているんだ」
「詳しくは後で話すわ……けれど 本当はあの時私が死ぬ筈だった」


きっと “私”は 文次郎に言いたい事があったんだ
しかし言う前に 二人の時は止まった

単純な事なのに
二人で居る事が当たり前になっていて 言えなかった言葉が


「私は 貴方が居ないと駄目だって分かったの  誰よりも何よりも大切だと思っているから」

「………お…お前こそ本当にか?な…何だよ急に」
「昔から…今まで これからも ずっと愛しているわ」


なんて恥ずかしい台詞を口にしたのだろう、と 言葉にした後で ふと思ってしまった

だが 私は今まで自分の気持ちを素直に伝えた事はほぼ無かった筈だ
一緒に居る事が当然であったから

“私”は 彼を失った時に初めて気付いたんだ、きちんと気持ちを伝えていなかった現実を


当たり前という名の幸せに “私”が気付かせてくれた



「どういう風の吹き回しか よく解らないが……俺もの事が何よりも大切だと思っている」

「…今更改まって 何言ってるんだろうね、私達」
「おいおい お前が先に言ったんだろ」
「言えるうちに…言っておかないとって……“私”が教えてくれたから」

「俺もお前と同じ気持ちだ  そのー…愛している」








*  *  *











あれから 幾月が過ぎた

戦も終わり 静まっていた村には 徐々に村民達が戻り始めていた




「お、茄子が出来てる…」


茄子を収穫する私の傍らに 黒猫が丸まって眠っている

少女が連れていた黒猫は仮初のものではなかったらしく 今も此処に居る
何故此処に居るのか 少女が居なくなった事に疑問を感じないのか ・・・私にはこの黒猫の気持ちが解らぬ



「・・・ また動いてるのか」

溜息混じりの文次郎に 声を掛けられた

「少しは動いていないと暇で暇で堪らないのよ!茄子くらいいいでしょ、茄子…」
「茄子は俺が取る」
「えー」
「お前一人の身体じゃないんだからな」




私の前から“私”が消えて 私の中に私ではない生命が生まれて

生きているからこそ 様々な経験が出来るのだ
こうして“今日”を生きている事を 私は感謝する


…とはいえ この男は過保護すぎるのよ
茄子くらい収穫させてほしいわ







(09.5.24 これにて完結です。ありがとうございました)