「君には 姫の護衛を頼もうかね」


軽やかに森の中を駆け抜ける忍者な自分を想像していた俺は 正直 残念な気持ちでいっぱいだった


「……護衛が…忍の仕事ですか?」
「もしも天守閣に居る姫が暗殺されるとしたら 忍者に忍び込まれて暗殺されるじゃろ?」
「…そうですね」
「となると こちらも忍術に精通している者で護らねばならぬ、な?」
「………そう言われると」
「よし決定!まぁまぁ、姫の間なんて滅多に入れるもんじゃないからのう!有難く思うのじゃぞ」

この殿様は 自分の孫である“姫様”の事となると “ただのおじいちゃん”になってしまう
戦場に居る時の威厳は影を潜める


「しかし 一昨日、姫の護衛が云々というのを他の忍者に頼んでいた記憶があるのですが」
「…ちゃんは一癖あるもんでな…あの子より弱い男は拒否するんじゃ」
「そんなに…強いんですか?」
「そうじゃ、男共をバッタバッタと薙ぎ倒す!」
「…姫ですよね」
「………何処かで教育を間違えたようじゃな…」





乗り気ではない、という言葉では済まない

俺は いっそ逃げたい




早朝に縁談が決まったと思いきや その日の夕方に縁談相手の城を追い出される
そんな彼女の武勇伝を聞いた時 この城の姫は只者ではない・・・そう思ってはいた


だが 一人前の忍者を倒すという武術の腕前

・・・という女、予想以上に厄介なようだな





「失礼します」

“姫の間”の襖の前で 問題の姫に声を掛ける

ちなみに姫の間は 一部の人間からは“じゃじゃう間”と呼ばれている
じゃじゃ馬と引っ掛けているのだろうが、実にくだらない


「はい、どうぞー」

普通の女子の声が 部屋の中から聞こえてきた
少し、拍子抜けだ



襖を開けると 書物を読んでいる大人しそうな女が其処に居た
小奇麗にしていて とても じゃじゃ馬には見えない



「護衛を頼まれた…」
「うんうん、じいちゃんから聞いてるわよ文次郎」

意外と馴れ馴れしいようだ

「じいちゃんも懲りないわねぇ、遂に同年代の忍まで送りこんできちゃって」
「…殿が貴方を護る為に忍者を置くのに 何故自分で倒すのですか」
「愚問を…私に一撃を喰らわせられるような実力と肝っ玉を持った男じゃなきゃ認めない」

ああ、これは一筋縄ではいかなそうだ


「あと、私の事はって呼んで」
「…だが それで怒られるのは俺だ」
「私が良いって言えば じいちゃんは怒らないわよ」

そう言っては立ち上がると 腕を回し始めた


「…文次郎 行くわよ」
「何処に」
「決まってるじゃない、決闘よ!貴方と私の」


どうして この女はこんなにも元気が有り余っているのだろうか

しかし 此処で負けたらヒラの雇われ忍者に逆戻り



「悪いが 俺は姫だからって気を遣うつもりは無いからな」
「いいねぇ…その言葉を待ってたわ」
「・・・・・・・・」
「…ちょっと 着替えるから出て行ってよ」



なんて生意気なんだ、それだから嫁の貰い手が居ないんだ
と言いかけたが 本気で首を絞められそうなので止めておいた







*  *  *







「暗器使われたら勝てる気がしないから ここは素手で勝負と行きましょう」

手入れが行き届いている御庭の片隅に 何故泥地があるのか 今まで気になっていた
だが 今日 その謎が解けた

大怪我をする心配の無い緩い地盤である泥地の上で やるならやれ、という殿の命令があるようだ

そして 何人もの臣下達が木陰から此方を窺っている
下手に姫を傷つけたら 俺があの臣下達に斬られる…だろう、多分



「何でそんなに好戦的なん・・・ってもう来た!」

仮にも姫だというのに 笑顔で拳を振り回す



「とんでもない女だ…」
「ほらほら元気無いわねぇ、防御してばかりじゃない」



落ち着いて彼女の攻撃をかわしていて気づいた事がある

彼女は確かに手強いが 恐ろしい程強い、という訳でも無いようだ
おそらく今までの男達は 木陰から見守る臣下に気を遣って わざと負けたのであろう
もしくは この好戦的な姫の護衛なんてこっちから願い下げだ、と わざと負けたのか



「日が暮れそうだ、そろそろ勝たせて貰うぞ」

「なにそれ感じ悪……ぎゃっ!」


の後方に回って 隙のあり過ぎる背中を突いた

よろけた彼女は 泥の中に顔から突っ込んだ


・・・流石にこれはまずい、と 一瞬ちらりと木陰の臣下達の顔を窺うと 明らかに顔が引き攣っていた



「も…申し訳ございません」
「・・・あははは!」

泥塗れの顔で が笑い始めた

「泥塗れにさせるとは文次郎、貴方とても良い度胸ね」
「泥塗れにさせる気は無かったんですが…」
「いいってことよ、初めてだわこんな事・・・アンタで決定!じいちゃーん 決まったよー」

殿の姿は見えないが 恐らく何処かから眺めているのだろう

とりあえずヒラの忍者に戻る事は免れたようだ



「じゃ、行くわよ文次郎!」
「…今度は何をする気だ」
「なにって 新しい着物を調達しに行くのよ!護衛、しなさいよ」


…お姫様の御守りよりもヒラ忍者の方が気楽で幸せだったのかもしれない



「その前に 泥塗れで行く気か?」

「・・・風呂入らなきゃいけなくなっちゃったじゃない!あぁ面倒臭い」

「…それだから その歳で未だに嫁に行けないんだな」
「あー!誰もが気を遣って言わなかった事を 会ったその日に言ったわね?」
「すいません」
「なにその棒読み!」



これは 精神を鍛える為の修行だと考えよう・・・

泥塗れの華奢な背中を見つめながら 溜息を吐いた







(09.1.11 たまに書いていくと思われ…ます)