祖父である殿に寵愛され 育った お姫様
凛とした眼差しで 美麗な着物を身に纏っている姿に 世の男共は騙されるかもしれない

だが 彼女が口を開けば 更に騙されたと思う事だろう…

俺は現在 そんなトンデモ姫・の護衛を任されている




「ねぇねぇ文次郎!」

のこの嬉々とした表情、確実にろくな事を考えていない

「何だ?」
「撒菱を此処から外に向かって投げて どちらが遠くまで飛ばせるか競争しない?」
「・・・・・・・」


此処というのは“姫の間”…またの名をじゃじゃう間、の事である
城主でもないのに の部屋は天守閣にあるのだ  殿の寵愛具合がよく解る


「此処から撒菱を投げたら あそこに居る守衛達に当たるだろ」
「それもまた一興」
「…はまだしも 俺がぶつけたら即クビだろうが、クビ!」




は基本的にくだらない事ばかり考えている
そう この女は暇なのだ

確かに 姫という立場上 仕事は無い
その上 じっとしていられない性質ときた、手に負えない

立場的にも年齢的にも 本当ならば既に嫁いでいる筈なのだ
だが はいわば破談の達人 今もこうして城内で燻っているわけだ



「しっかし…が動かないと 俺も些か暇なんだよなぁ」
「……この前 伊作様目当てに敵城潜入して大変だったでしょ、反省してるのよ一応…」

あの時一番大変だったのは俺・・・・いや 伊作だろうがな



「退屈だねぇ・・・・じゃあ 文次郎にひとつ質問しよう」

「何だ」
「お姫様らしさって 何?」


単純なようで難しい質問を投げかけられた


「そうだなぁ……お淑やかで 夫を立てて内助の功、とか」
「夫 居ないんですけど」
「……それは 自身が縁談を滅茶苦茶にするからだろ」

が 眉間に皺を寄せた

「おじいさまに迷惑が掛かるのは私だって本意ではないわ…けど どうして顔も知らない男の許に」
「…嫁ぐのも お姫様ってヤツの宿命じゃないのか?」
「………夢もへったくれも無いのね…アンタって」
「何故 俺が責められにゃあならんのだ」


このご時世 のような考えを持っていても その考え方を突き通せる女子は少ない
御家の為を 第一に考えるものである

だがは違う
この女は何故に 自分の生活というものに拘るのだろうか
自分を寵愛してくれている殿に協力しようという気は湧いてこないのだろうか


「…文次郎は私の命令は聞かないの?」

「仕えているからな、とりあえず内容に依るが」
「そう・・・聞いてくれる?」


なんとなく嫌な予感がするのは 気のせいでは無い筈だ



「私と駆け落ちしない?」


「・・・・・・・・はぁっ!?」


常に乱心気味の姫が 完全に乱心してしまった模様だ
御伽話の聞き過ぎなのではないか


「冗談か?…それは俺には荷が重いな……殿を裏切る事になるし 他にも…」
「あぁもういい もういい…アンタって真面目に考えるよねー、本当」


なんだろう のこの眼は

突拍子もない事を言って他人を困らせる時のあの眼は 何処に行った



「そうよ 冗談だから気にしないで」

そう言って は部屋から出て行った


act.3


それから十数刻が経過した
そろそろ夕餉の時間なのだが の姿は見当たらない

殿が の姿が見えない、と慌て始める前に 彼女の居場所を把握しておきたいのだが 如何せん城内は広い
守衛は 姫一人では城外に出さない筈なので 城内に居るとは思うのだが…


俺は現在 平静を装って困った姫を捜索している最中だ


彼女の行動範囲は狭い
城内といっても 雑兵の集まるような場所には基本的には足を運ばない

改めて考えると が如何に狭い範囲でしか過ごしていないかが分かる
外にも出るが 何人もの忍や臣下と共に出なければならないからな



一人になりたかったんだろうか
…俺は彼女の傍に居すぎたのだろうか







些か反省しながら歩いていると 箏の音色が耳に入った

音色が聴こえてくる薄暗い部屋を覗いてみると 見慣れた着物を身に纏った女が箏を弾いていた
お世辞にも上手いとは言えない



「・・・・下手だな」


「うわっ!……文次郎…いつから居たのよ…」
「残念な音色に誘われて、今」
「本当に失礼ね」


上手くはないが 箏を嗜んでいる姿が意外に思えた
その姿は、姫っぽいぞ



「……俺は 気付かないうちにに負担をかけていたのかもしれんな」

「…何それ」
「護衛を任されているのは確かだが が一人で居る時間を俺は殆ど奪っていた」
「………………」


は 箏を弾き続けている


「…私が拗ねているのは 貴方が私の自由時間を奪っているから、そう考えた訳…?」

俺が頷くと が箏爪を外した


「・・・バッカじゃないの」



此方に背を向けて が箏を片付け始めた
表情を窺う事は出来ないが 明らかに苛々している時の声だ

…困った、姫は相当ご立腹のご様子である



「私、一人遊びにはもう飽きたの  だから一人の時間なんて 別に要らないから」
「そ…そうなのか……?」

そういえば 彼女に同年代の友達が居る、なんて話は 聞いた事がない


「…護衛しなくても…無理に私と喋らなくてもいいから……私の傍に居なさい、これ 命令だから」



まるで 口説かれたような気分だった

背を向けている 華奢なの後姿を 無性に愛しく感じてしまったのは何故だろう









(09.6.6 同じ目線の友達がずっと欲しかった)