彼の腕が 私の背中に回される事は無かった
少しだけ期待していたけど、やっぱり駄目だったか


「あー…痛たたたぁ」

頭を押さえながら 半身を起こす  些か酒を飲み過ぎたようだ



一刻程昼寝をするつもりが 辺りはすっかり暗くなっていた
南蛮産の煌びやかな燭台に 灯りを燈す

「……居ないの?」

返事は無い  どうやら文次郎は 此処に居ないようだ
おいおい、オヒメサマの護衛もせずに何処へ消えた

まあ 今は会いたくないから丁度良い、か・・・・




様!」

色々な事を考えながら ぼけっと呆けていたが 女中の声で我に返った


「どうしたの?」
「殿がお呼びです、縁談の件だと仰って…」





*  *  *





「今度はがいくらじゃじゃ馬っぷりを披露しても 破談には出来ぬぞ」

「お家の為っていうのは解る、けど…」
「頼む、平茸城の若様と婚姻を」


どうやら 今回こそ覚悟を決めなければならないようだ
戦は敗戦濃厚、この危機を回避するには私が平茸城に向かって連携し 敵軍包囲網を完成させる
こうなってしまったら 仕様が無い


「…じいちゃん そんな顔しないでよ、嫁ぐ位 なんてこたぁ無いわ!」

年貢の納め時、なんて言ったら大袈裟かもしれない
だが 私は他の姫様よりも自由奔放に生活させてもらえた、それだけでも有難かった
物心つくかつかないかの年端で嫁ぐ姫様も居るのだから


輿に乗るのも何度目か
暫くしたら こんな姫は要らぬとまた追い出されるのだろうか
“姫”だけど 馬に乗らせてもらえるのだろうか

そういえば あそこの若様って何歳だっけ
まさかキクラゲの若様みたいに 御老体だったら困るけど
私と同じ位なら気が合うかもしれないな、文次郎みたいに……


駄目だ、彼の事を今考えてはいけない



act.5


夕餉も済み 私は姫の間で黙々と文をしたためていた
私も一応こういう立場なので 色々とやらねばならぬ事はある
普段は女中に面倒事を押し付けたりしていたが 今日くらいは全て自分で行おうと思ったまでだ


「…お姫様が机に向かっているとは、随分と珍しい光景で」

背後からの聞き慣れた声に 慌てて振り返る


「ど、何処に行ってたの?」
「殿の命を受けて 平茸の下見に」
「……もしかして知ってる?私が そのー…」

表情ひとつ変えずに 文次郎が頷いた

「今度は破談にしちゃマズイんだろ?」
「ええ…状況が状況だし」
「泥塗れになって鍛錬していたら 若様に引かれるから止めとけよ」


私は彼にとって 所詮“護衛対象”のそれ以上でもそれ以下でもなかった

なんだろう この虚しさ



「よかったね文次郎、護衛任務が終わるから また戦場を駆け回れるわよ」

「…大丈夫だ なら上手く行く」
「・・・・・・・・・」
「幸せに、…なんてガラじゃねぇか… ご武運を、姫様」


少しくらい表情を変えろよ この鍛錬馬鹿、と 心の中で毒づいた



「・・・・・さようなら」


声が 震えた








もしかして これで終わるの?  ・・・冗談じゃない、私 中途半端なのは嫌いなんだ





(10.2.8)