遂に、平茸城が戦闘に巻き込まれた 同盟相手が急襲されたのだ 此方も静観という訳にはいかない しかし戦力差を考えると 迂闊に戦闘に参加するという訳にもいかない 「姫が心配だ…」 「若様がろくでなしだと専らの噂だから 余計に心配じゃのう」 「もう一度 姫の元気な姿が見たいものだな」 城内では を心配する声が多く上がっている だが 俺達には無事を祈る事しかできないのだ、もどかしいが 暫くして 殿から忍達に 平茸への偵察が命じられた 勿論 戦の状況を偵察するのであって の無事を確認する任務ではない かくして俺も平茸城の傍まで来たが 予想以上に旗色が悪いようだ 籠城戦の様相だが 果たしてどこまで持つのか―― 「こんな所で 死んでたまるか」 そう言い放ったの凛とした顔を思い出した 「…あのお姫様は こんな所で終わるような女じゃねぇよ」 * * * 「大変だよ!ててて敵がななな何万だっけ!?」 「…わかってますから、落ち着いてください」 完全に若様はうろたえてしまって 使い物にならない 「これでは 籠城戦しか道は無いようですね」 「わ、私達は大丈夫か、なぁ!」 「…兵糧が尽きたら死ぬんじゃないですか」 「どうして君はそんなに冷静なんだ!?」 冷静さを失ったら そこで終わり ・・・此処の若様はつくづく大将向きではない性格だ 「殿は兵糧が尽く前に城を出て戦うと仰っていた、その折は 若様も出陣ですよ」 「…うう…その前に援軍は……来ないか」 正直、負け戦に加担する者が居るとは思えない 「若様が篭っていたいと言うのなら 私が出るまで」 「だ、だめだっ は姫なんだぞ!?」 「若様が出ようが篭ろうが 私は出陣したいんですけどね」 「…君がそうやって好戦的だから 君は勿論私まで女中に陰口を叩かれるんだ」 ・・・こんな時に よくもそのような事を言えるな 「老齢の殿が頑張っていらっしゃるというのに 若様が弱気じゃ話になりませんよ…?」 「…ひとまず落ち着こう 、な?」 若様が するりと私の腰元に手を回す こんな時に 何をする気だ… ふう、と一息吐いて 若様の左頬を引っ叩いた 「いい加減にしてください、だから私は貴方の事が嫌いなんですよ」 ![]() 籠城 五日目―― 戦闘になった場合の戦術を皆で考える 殿の隣に座る若様は 「はて…?」と言わんばかりの顔をしている 「今迄の事を考えたら 降伏する道は考えられない」 「しかし このままではいずれ餓えてしまう」 「…餓え死にするなら 真っ向から戦って散った方がいい」 様々な意見が飛び交う中 私はふと文次郎の事を考えていた 彼も 確実にこの状況を知っている 私の事を 心配してくれているのなら 嬉しいな… 籠城十二日目―― 食料も減り、兵士達も諦めの表情 「…畏れながら 殿、そろそろ突撃か降伏かを選択する時かと思うのですが」 うろたえるばかりの若様の代わりに 私が殿に訊ねた 「降伏を望む者達には降伏させてやらねばな…」 「殿は…」 「ハッハッハ!敵に下るなんざ考えられん、戦うぞ」 「私も 殿に従います」 「…此処に居るのが勿体無い程だ、貴方は」 籠城二十六日目―― 遂に 降伏を決めた兵士達が動いた 割合はさほど多くはないが 降伏を選んだ者が居るという事は少なからずの衝撃を城内に与えた さらに 降伏の為に城を出た者達が狙撃されたとの情報が 城内に入ってきた 「・・・出陣する」 殿をはじめ 多くの者達が遂に立ち上がった 私も鎧兜を纏い 槍を手にした 若様は…城から出ようとしないので 私はもう知らん うおおおお という地鳴のような雄叫び、そして足音が響く これが死ぬ間際の人間の底力か、と 思った 文次郎は この様子を近くで見ているのだろうか 二十六日目では 流石にこの場には居ないだろうか… 私は 好戦的…つまりは暴力的な女、姫らしさなんて微塵も無かった 文次郎に出会った後も それは変わらなかった けれど 女としての自分が目覚めたような そんな気はした 生に執着していなかったのに いつの間にか死にたくないと思うようになった もう一度 他愛もない話を二人でしながら 姫の間でゆったりと過ごしたい、その為に―― 彼が 私の事を ただの“お姫様扱い”するだけでももう構わない それでもいいから 一緒に居たい 「姫、あの火縄銃にはお気を付け下さい」 銃口が 此方に向けられている 「へぇ〜立派な…実は“種子島”って初めて見るの」 「ゆ、悠長な事を仰ってないで…」 重い音が響く 明らかに劣勢の様相 「敵陣の向こうには 父上が……薄情なものね」 ――どれ程の時間が経ったのだろう 馬に跨って槍を振るった、 まだ生きている 寧ろ力が余っている位だ 「殿が討たれた」 その報せが耳に届かない位に 槍を振るっていた 「ひ…姫様! 殿が……もう 我らに勝機は…」 兵士の一人が駆け寄って そう伝えてきた 「・・・・・・」 陽は傾き 血腥い空気が辺り一面にたちこめている ふと視線を落とすと 私の右太股辺りから血が滴っていた 「と…殿から姫様へ 最期の言伝があります」 「・・・・?」 「殿の許へ戻るのだ、絶対に生きて 戻るのだ …との事です」 その言伝で 我に返った そうだ 私はこんな所で呆けている場合ではない 「…そういえば若様は?」 「それが 城内に篭ったままで」 「そう……ちゃんとした決断が出来るのか甚だ疑問だけど…」 馬の手綱を強く握った 「殿の命により、私は殿の居城へと向かう」 「ですが姫様、出血が…」 「一刻でも早くこの場から離れないと危険だ、私も そして貴方達も」 些か眩暈を感じるが 頬を二度三度叩いて気合いを入れた 止血もとりあえず行ったので 持ち堪えられるだろう 種子島で一発撃たれた位で倒れると思ったら大間違いよ 「…何処かで見てたら助けやがれ文次郎の阿呆ー!」 じいちゃんの居城まで ひたすら 馬を走らせた 私の記憶は そこでお仕舞い―― (10.9.2) |