――山道を どれだけ駆けたであろうか


「あのように がさつな姫は初めて見たわ」
「猪ね、それも雄の!ふふふっ」
「女のくせに 何なのだ、アレは」

今迄言われてきた陰口が 何故か脳内をぐるぐると巡っていた
五月蝿い五月蝿い五月蝿い!私の気持ちなんて誰も知らないくせに!


は無茶苦茶だな本当に…まあ、それが 良い所なんだけどな」

次は 文次郎の声が響いた
物好きだね、無茶苦茶が良いだなんて


( あたたかくて きもちがいい  まるで だれかにいだかれているみたい )









*  *  *







瞼を開くと 見慣れた天井がそこにあった


「・・・・あれっ」

私は 馬で駆けていた筈だ
脚の傷の所為で 気分が朦朧としていたのは覚えているが…遂にお陀仏してしまったのか


「何時まで寝てるんだ、

「・・・・あれっ」
「あれ、しか言えんのか」
「・・・・いや、その・・・?」

姫の間の片隅に 一人の男が座っていた ――私が一番逢いたいと願っていた、

「…文次郎も死んだの?」
「勝手に殺すんじゃねぇよ」
「えー…もしかして私、生きてる?」
「死にかけてた所を俺が助けたんだよ、有難く思え」


半身を起こそうとするが 文次郎に制止された

「まだ起きない方がいい」

優しい声で言われてしまったら 従わざるを得ないので、私は大人しく布団に潜った


「あ…そういえば 脚を怪我してて、」
「酷い怪我だったが 暫くすれば一応動くまでに回復するだろう」
「…如何して生きてるのか不思議だわ」
「生への執着が強かったんだろう…あとは俺がを見つけたお陰もあるからな?」



鳶の鳴き声が聞こえる
じいちゃんの城に戻って来たんだと改めて実感した


「……私に嫁ぐって行為は向いてないみたい」

「知ってる」
「好戦的で男みたいだって自覚はしているんだけど」
「性格が男勝りなだけで、は おなごだろうが」
「…あんただけだよ、そう言ってくれるのは」

当たり前の事を言われただけなのに 顔が火照っているのは何故だろう


act.8


を 城まで残り僅かの場所で発見した
脚から血を流し、馬に跨ったまま微動だにせず 山道に佇んでいた

「おい!、大丈夫か!」

声を掛けても返答は無い、背筋をぴんと伸ばしたまま気を失っているのか
…勇ましい女というか、正直末恐ろしい女というか


は無茶苦茶だな本当に…まあ、それが 良い所なんだけどな」

よくぞ一人で此処まで駆けてきたものだ
そうだ、お前はまだこんな所でくたばるような女じゃないんだ



城へとを運び 殿に報告する
殿は まるで少年のように飛び跳ねて の生還を喜んでいた

それから丸五日間、は目を覚まさなかった
このまま起きないのではないか、という不安が一切湧かなかったのは何故だろう


「…でも、切ないものね…血の繋がった者が敵になって」
「それは…もう 気にしても仕方ない事だ」

立場が異なる俺に の辛さを全て理解できる筈が無い
だが の辛さを僅かでも減らせる事ができるのなら 俺は進んでその役目を果たしたい

離れてみて 確信したんだ、
俺が身の程も弁えず 姫に護衛対象以上の気持ちを抱いている事を



そういえば 大切な事をまだ言っていなかったな・・・

「姫様、お帰りなさいませ」

は はにかみながら頷いた

「この城に私が戻って来たという事は…解ってるよね?文次郎」
「…はいはい」
「はいは一回でよろしい!」

その笑顔は 紛れもなく、おなごのそれだ
は強くなって帰って来た…筈なのに、俺にはもう可愛らしい普通の娘にしか見えなくなっていた





(11.1.9)