他人の血を見るのが 昔から苦手だった 一瞬 血の気が引いて眩暈を感じ 目を逸らす それなのに 今は血を見てもなんとも思わない 血が怖いだの気持ち悪いだの言っていられないような状況が 私のすぐ傍で起こっている 「上手いんだね、手当て」 忍装束を着た男性に 声を掛けられた 確かこの色は 六年生だった気がする 「包帯の巻き方は学校で習って…あとは自己流だけどね」 「僕達だけでは埒が明かなかったから 助かったよ」 目の前に居る彼も 包帯や薬草のようなものを抱えている 「貴方は六年生みたいだけど…学園の外には行かないの?」 「僕は保健委員長だから 怪我人の治療が先だよ」 「…なるほど」 忍術の学校とはいえ 実に色々なタイプの生徒が居るようだ 「ところで朝から此処に居るよね?ひとまず僕に任せて 少し休んで…」 「でも、」 「大丈夫 僕以外にも保健委員は居るからね」 六年生の彼が にこりと微笑んだ 破壊力抜群の爽やかさが全身から滲み出ている…ような気がした 10 hypocrisy 彼のお言葉に甘えて 私は少し休憩する事にした 勝鬨の声や発砲音が 耳に入る 火薬の臭いが 鼻につく 「…あら?貴方…」 それが 岩に腰掛けていた私への言葉だと気付くのに 数秒かかった 顔を上げると 見た事のある女性が笑みを浮かべていた 「髪の長い男の子と一緒に居た子でしょ!」 ・・・・この女性は 兵助と“娘さん”の家を見に行った時に出会った 「…貿易商の…家の……」 「そう、私の名は梅」 眩暈を 感じた ……何故“娘さん”が学園内に居るのか 「ちょっと戻ってきたら この有様……学園に行けば情勢が掴めるかと思って」 「…が…学園長に会いました?」 「まだ会えてないの、でも久しすぎて忘れられていそうだわ」 「・・・・・・・・・」 まさに 因果応報である 元を辿れば 好奇心がゆえに私は“娘さん”になりきった お梅さんという人物が 行方不明だったとはいえ実在していたというのに 「どうしたの?…大丈夫?」 「お梅さん、私は……」 「貴方 お名前は?…へぇ 私と眼が似ているのね、遠い親戚だったりして」 彼女の瞳に私が映るくらいに 顔が近い 似ている、のか? 「私は です…」 「さんは 初めから此処に居た人ではない…よね?」 どきり、と 動揺した 「私は色々な場所に行くのが好きなの…貴方も旅をするのでしょ? なんとなく分かるんだ、醸し出す雰囲気というか…直感というか」 「…はい 遠い所から旅に来たんです…でも 気付いた時には抜け出せなくなっていた、心地が良くて」 いつの間にか 恋をしていた もっと一緒に もっと話して ・・・欲が湧いてきてしまったんだ 「此処に居たいが為に 私は行方不明扱いにされていたお梅さんの立場を借りて…」 「あ、私になりきっていたって事?」 「……本当にごめんなさい」 頭を下げると 彼女がクスクスと笑った 「いいのよいいのよ!私もずっと居なかったし、旅人はそのくらいの根性は必要よ」 「……で…でも…」 「私も成り行きで南蛮の姫だと嘘をついたりしたわ…その時はバレちゃったから即退散したけど」 随分と 明朗な女性だ 纏っている華美な着物がこんなに似合っているのも 内面から滲み出る明るさのなせる業なのか 「じゃあ さんは今から“生き別れていた私の妹”って事で」 「…え?」 「それなら 私が居ても“貿易商の娘”のままで行けるでしょう?」 目の前に居るこの女性は 乱世に降り立った女神かなにかだろうか 「……お梅さんは どうしてそんなに優しいんですか」 「何故だか 貴方に親近感が湧くのよね」 「親近感……旅人繋がり?」 その刹那 ドォン、という轟音と地面の揺れを感じた 「…嫌ぁね、今のは随分近かったわよ」 揺れは あっという間に治まった だが 私の四肢は小刻みに震えたままだ 「…………私 外の様子を見てきます」 「え!?待ってさん 今 外に出ても女一人では何も…」 寒気がするから 確認したいだけだ ・・・誰も傷ついていませんように もう 傷ついている人を見殺しにしたくない―― それは単なる私の偽善心なのだろう それでも 震えながらも両脚が勝手に前へと動き出す 不思議なものだ 何故 私はこんなにも必死なのか 兵助と私の絶対的な差でも 埋めたいのだろうか 生活フィールドが違うのだから 埋められっこないのに それとも 変な自信が心の奥底にあるのだろうか “トリップが出来るという不思議な能力を持っている私”への 自信が 自らが 兵助に言った科白を思い出した 「生憎 私はこの部屋でお姫様ごっこしている程の 図太い神経は持っていないのよ」 NEXT → (09.10.21) |