「そういえば 学園長と仲の良い貿易商の家、娘さんって二人居たらしいな…兵助知ってた?」

野外訓練の帰路にて 隣に居た勘右衛門が 俺に訊ねた

「…つまり 姉妹だったって事?」
「そう!ずっと船に乗ってたのかな…詳細は不明だけど 最近まで誰も存在を知らなかったらしいよ」

それは の吐いた嘘の事であろう
本物の娘は一人しか居ない、は本物の娘が認めた偽の娘、なのだから


「勘右衛門は二人目の娘さんを見た事があるのか?」
「いやぁ…正直一人目の顔も分からないし」

娘さんこと お梅さんに 俺は一度とともに会っている
この前の戦の折に 学園長は学園に来たお梅さんと会ったようだから 学園長も“姉妹”を知っている
だが 他に“姉妹”としての二人を知っている人は ほぼ居ない筈だ

噂が広まるのは仕方ないが この件はあやふやなままであるべきだと俺は思う
は もう此処には居ないのだから







と別れた、あの日

寸分の狂いも無く狙い通りの時間に 俺達は到着した



「う、火薬臭い…」

顔を顰めているの表情が可笑しくて 思わず笑ってしまった

「こんな時に 何で笑ってるのよ」
「いや が面白い顔してたから…ククッ」
「随分と 余裕なのね」


これは夢なのではないかと 思うんだ

未知の世界からやってきた女子が 俺の前に現れて
俺の心を不思議な感情で一杯にしやがった
そして俺を未知の世界へと連れて行ってくれた まぁ事故なようなものだが

長い夢を見ている きっとそうだ
だから 不思議と悲しいとは思わないんだ



「……兵助、これからも無事で居てね」

に ぎゅっと 力強く抱きしめられた
妙に安心する 微かに甘い香りが鼻孔を掠めた


に会えた事を 心の底から嬉しく思うよ」






17 mirage








「しかし 俺達がもうすぐ六年になるっていうのも……時の流れってたまに恐ろしく感じるよな」

勘右衛門の隣からひょいと顔を出した八左ヱ門が そう呟いた

「未だ見ぬ貿易商の娘さんを気にかけてる余裕は無いぜ?勘右衛門」
「別に気にかけてる訳じゃないって!なぁ兵助」
「え?俺に振られてもだな…」

との日々は 夢だったのではないかと今も思う
だが 貿易商の娘が二人姉妹だったという噂は こうして現実にあるわけで

この あやふやな噂が 俺の心の“”を風化させないでいる


「兵助に振っちゃイカンよ勘右衛門、こいつ絶対どっかで女子と何かあったからな」
「え、そうなの?」
「秋頃なんて上の空で呆けてたし 恋に破れたのではないかと 俺は予想している」

…呆けてたのか、俺は

「別に破れちゃいないけど…」

彼女は 此処にはもう居ないのだから―― 心中でひそりと呟いた





その時 後方からなにやら音が聞こえてきた
馬の歩く音 人の声・・・


勘右衛門と八左ヱ門が後ろを振り返った

「お? 引っ越しかなにかか?ぞろぞろと人と荷物が向こうから」
「あれ貿易商の所のオジサンじゃない?南蛮の壷でも運んでるのか?…あと女の子が居る」

女の子 という単語に思わず反応して 振り返る

華美な着物を着たお梅さんが 荷物を運んでいる男性と談笑していた



立ち止まる俺達を 一団が抜かしていく
お梅さんが俺に気付いて 手を振った


「…兵助 あの人が例の娘さんだよな、知り合いなのか!?」
「あ、あぁ 偶然話す機会があってな」
「ずるいぞ!」


華やかな一団が 大きな屋敷へぞろぞろと入っていく
豪族に壷でも売りに来たのだろうか



「あれ もう一人女の子が来た」

一団の最後尾に 桜柄の着物を纏った女子が歩いていた
髪を上げて 凛とした表情をしている


目が 離せない
彼女が 俺達の前を通り過ぎていく




「……?」


女子は 此方をちらりと向くと 口角を少しだけ上げてこう呟いた


「後々、ゆっくりお話しましょ」









Skyscraper






(10.7.31 帰れない わかっていても飛んだのは あなたと離れたくなかったから)