彼女は 学園内において特異な存在
高校二年生の冬という中途半端な時期に 都会からこの学園へと転入してきた、それだけで話題になった

 素行不良で地元に居れなくなったのではないか?
 学園長と何か物凄いコネクションがあるのではないか?

さらに 学園にとっては貴重な女子生徒ときた
噂が噂を呼び 彼女は転入初日から学園の有名人となったのだ


彼女は 己の事について殆ど語らなかった
苛々している時の仙蔵を彷彿とさせる三白眼で ミーハーな奴らを軽くあしらっていた



「文次郎のクラスに パンチの効いた転校生が来たんでしょ?」

「伊作…お前そういうネタ好きだよな」
「女の子は貴重な存在だから 余計にね」
「残念ながら 多分お前の手には負えないタイプだ、仙蔵をもっとキツくした感じの女」
「…すっごい 性格キツそうだね」

あの頃は 彼女の事をただキツい女だと思って 関わらないようにしていた
そういうタイプは既に手一杯だからな


「でも さんだっけ?彼女 会計委員会に入るんじゃなかったっけ」
「・・・えっ?」


委員会には必ず入らないといけないという 学園の方針がある
故に 彼女もどの委員会に所属するのかは気になっていた
しかし、会計?

「いやいや待て、俺は聞いてないぞ」
「今日 届け出すんじゃないかな?がんばれ来年度の新・会計委員長!」
「・・・・・・」





その日の放課後 伊作の言った通り、委員会室に彼女がやって来た


さん、学年的に いきなり役職つくかもしれないけど大丈夫…ですか」

思わず丁寧語になってしまった

「私 前の学校で会計やってたから 足は引っ張らないと思う」

そう言って 彼女はふっと微笑んだ


まさに、面食らった
あんな顔で笑うなんて想像もしていなかったから





meringue







「おい、帳簿に醤油たらしたのだろ」

は委員会室で昼食をとっている
教室でも食堂でもなく 此処が一番落ち着くそうだ

「私とは限らないじゃない」
「此処でがっつり飯食うのはお前しか居ないんだよ!」
「すんません」

確実に反省していないが これ以上を注意する事はしない
俺はに対して大甘だ、これは日常生活に於いて最も反省すべき点である

「文次郎は食堂に行かないの?」
「これ以上帳簿を汚されちゃ敵わんからな」
「・・・・優しいんだから」


が此処で弁当を食べている理由は大凡想像がつく
浮いている、という程ではないが 馴染めないのは仕様の無い事


「…あ、そうそう聞いてよ文次郎」
「なんだよ」
「この前 彼女になってくださいって言われた」
「……嘘だろ?」
「本当! 物好きも居るのね…前科持ちだの何だの噂されてたこの私を好きだなんて」

やっぱり噂は気にしているのか
…それはさておき が転入してから約半年、遂にチャレンジャーが現れたとは

「でも喋った事も無い人だし 私の事を女王様タイプだと思ってそうな…」
「お前 そこまで気ぃ強くないしな、実際」
「勿論ゴメンナサイしたから 安心して」

あんしんして だと?・・・自惚れやがって

「文次郎、漬物食べる?」
「要らん!」




ぽりぽりと漬物をつまみながら が帳簿を捲る
醤油の次は 漬物の汁でも付ける気か


「私さ、別に問題起こしたから この学校に来たって訳じゃないんだ」

「…唐突に どうした」
「単に父親の転勤だし、編入試験に最初に受かったのが此処だったってだけで」

引っ越し等 至って普通の理由だろう、とは思っていた
日頃と関わりの無い人間は 色々と勘繰って斜め上の発想を繰り出していたが
三白眼になると厳ついだけで は極々普通の女子なのだ

「文次郎はその事について全然訊いてこなかったけど 気にならなかった?」
「そりゃあ最初は気になったけど 話すようになってからは全然」
「キミのそういう所が好きなんだよね〜」

好き、か・・・・


、もうちょっと他人との意思疎通を図る気はないのか?」
「…つまり?」
「その明るさを教室でも見せれば 一躍人気者に…」
「私は このままでいい」

勿体無いとは思う、だが どこか安心している自分が居るのも事実

「文次郎は私に人気者になってほしいの?」
「いや…別にそういう訳じゃなくて」
「…なら よかった」


俺はに甘いというより に弱いと言った方が合っているのかもしれない
のペースに乱されっぱなしだ




「そうそう 文次郎ってもうすぐ誕生日でしょ?」
「おお…よく知ってるな」
「ふふ、獅子座だと小耳に挟んだので」

そう言うとは徐に 小さめの白い箱を差し出した
箱を開けると お世辞にも美味そうとはいえないケーキらしき物体Xが顔を出した

「…これは…ケーキの類、か?」
「なんで疑問形なのよ」
「随分と斬新な見た目だからな…」
「この私が半日掛けて作ったケーキが食べられないっての!?」
「おい 味見はちゃんとし んぐっ」

はケーキのひとかたまりにフォークを突き刺し 俺の口にそれを投げ入れた
なんて 乱暴なんだ

「…ぷっ!口周りがクリームまみれでみっともない!」
「誰がこうしたんだ、誰が!」


見た目はアレだが 味は至って普通なので安心した

菓子なんて普段作らないであろうがまさかの手作りとは――
そう考えると 自然と顔が綻ぶ


「なにニヤニヤしてんのよ」
「いや ありがとう」
「…あり…っ 急にデレないでよ気色悪いなぁ!」
「気色悪いとは何だ!そもそも此処でこういうモノを食べると帳簿につくだろ!」
「今更なによ!」




彼女は 俺にとっても特異な存在
ただのキツい女かと思いきや 可愛いんだから性質が悪い

「…お前のそういう所が好きなんだよね」

先程のの台詞を拝借した
みるみるうちに顔が紅潮していく  自分では平気で言うくせに 拍子抜けだ


「クリームつけた顔で言われたくないわ…」







(10.8.15 友達以上恋人未満)