は 不真面目だ

成績は俺とどっこい、つまりぼちぼちと言った所か
真面目な俺と不真面目なこの女が同じ位の成績というのが腹立たしいが


「潮江くぅん、宿題手伝ってくれなーい?」
「気持ち悪っ」
「計算の得意な文次郎には 数学全般を授けよう」
「なんなんだよお前!だいたい男子寮に平然と入るんじゃねぇ」
「ププッ!それ毎年言ってるよね」


まっさらな夏休みの宿題を抱えたが 俺の部屋へとやって来る
八月三十一日、この光景も六年目である
七月中に宿題を終わらせた俺を見習え

「今年が最後だから、ね!」
「…数学だけだからな」

この女の頼みを つい許してしまう情けない俺
明日また仙蔵に馬鹿にされるだろうな

「やったー!」
「最低でも学食三日分は奢れよ」
「奢ります、奢りますとも」



は唸りながら英語の問題を解き始めた

…こんなに睫毛、長かったっけ


「文次郎、飽きてきたと思わない?」
「おい まだ五分も経ってねーぞ」


一年の頃から とは仲が良かった
男友達と遊ぶように とも遊んでいた
よく「と付き合ってるの?」なんて訊かれたが 笑い飛ばしていた
部屋にが来ても ドキドキなんて可愛い感情は一切湧かなくてな

しかし 不思議な事に は今、俺の彼女だ
確かあれは五年の夏だ…男女の関係は 唐突に進展するから理解し難い
俺はこの進展をセブンティーン・マジックと呼ぶ
“十七歳の夏”という不思議な魔力が働いたに違いない


「文次郎さん、おててが止まったままですよ…」
「あ、あぁ…ちょっと意識が飛んでた」


そういえばって 低学年の頃は大木先生にお熱だったな
今も大木先生の畑まで らっきょうを貰いに行ってるし

「…なぁ まだ大木先生の事が好きなのか?」
「はぁ!?急に何言い出すの!…好きだけど ライクであってラブじゃない」

俺 馬鹿正直に問題解いてるけど この問題俺も七月に解いてるんだよな
自分のノート写せば万事解決じゃねーか

「だいたい 文次郎と…その、付き合ってるのに…何で大木先生の事が好きかとか訊…」
「あーそうだな」
「…あんた 聞いてないでしょ」

いや待てよ、俺のノートをに貸せば万事解決じゃねーか

「なぁ、お前がこれを写せば 俺は苦労しなくて済むという事に今気付いたんだが…」
「女子クラス用の課題が多くて数学まで手が回らないのよ!お願い!」
「シナ先生厳しいからなー…って前々から宿題に取り掛かれよ」

そもそも 俺の字のまま提出していいのか――?



「あ、今日 夢に文次郎が出てきたの」

唐突に何を言い出すんだ 彼女は

「…変な事してないだろうな?」
「なんか忍者してた。忍装束っていうの?本格的な出で立ちだったよ」
「このご時世に忍者って…手裏剣でも投げてたか?」
「手裏剣は投げてなかったけど、私の事を助けてくれた」

はごろごろと布団の上を転がっている
宿題やれよと思うが 夢の話が少し面白そうなので 黙って耳を傾けた

「で、は農民か何かか?」
「お姫様だった」
「おひっ…ぶぁっははははは!」

爆笑していると 脇腹にの蹴りが数発入った

「お姫様って言ってもほら、大河ドラマみたいな着物纏って城に居るだけだけどさ」
「痛てて…で、は姫なのに忍者の俺が助けるってどういう状況だよ」
「よく分からないけど 私があんたの事を雇ってたのかな?」
に雇われるなんて 凄ぇ扱き使われてそうだな、忍者の俺」

今のこの状況も 十分扱き使われている状況だがな

「私の危機にサッと駆けつけてきた文次郎は 珍しく格好良かったわ」
「珍しく、って…そりゃよかったな」
「でも戦乱の世で出逢わなくてよかったね、私達」
「麦茶飲みながら呑気に宿題やってるのが俺達には似合いだからな」
「そうそう、それで仙蔵に小馬鹿にされるのがお似合い!」
「自虐かよ」



この調子で は今日中に宿題を終わらす事が出来るのだろうか
夢の話なんてしてる場合ではない筈だ

「転がってないで宿題やれ、宿題」
「…夢の中の文次郎はもっと凛々しくて優しかったのになぁ」
「俺が忍者でも お前のこの状況を諌めたと思うぞ…」
「わかったよー忍者の文次郎に免じて頑張るよ」
「なんだそれ」




と寮でぐだぐだ過ごす夏の風物詩も 今年が最後だと思うと少し寂しいものだ

髪、伸びたな
背が伸びたぶん 手足も長くなって
スタイルも…少しだけ進歩した…か?


「…せんせー、潮江君がやらしい目で見てきまーす」

「なっ!しっ宿題やれよ早く!」
「忍者の文次郎に浮気してやる!ってな訳で寝る!」
「そういう事言ってると手伝うの止めますよ、オヒメサマ」
「ごめんなさい」



扇風機の音が 響く
今年は持ち込む宿題量も今迄より少ないので ちょっと手持無沙汰だ


「夢の話に乗っかるけど、忍者の俺もこういう気持ちでお前に従ってたんだろうなぁ」

「どういう気持ち?」
「世話が焼けるけど可愛いから甘やかすんだよ」
「…あ…頭打った!?」

抱きしめたくなる瞬間第一位、真っ赤になって縮こまった時
でも駄目だ、の最重要事項は目の前にある問題集。邪魔は出来ない


「そうだ、今夜 六年の皆で花火やるってさ」
「本当!?楽しみ」
「夕方までにそれ全部終わったら行ってもいいぞ」
「夕方ってそんな無茶な!」
「せいぜい頑張れよ」


不真面目な彼女に発破をかける、夏




お姫さまと、夏




(11.4.7 君が隣に居るだけで幸せなんだ)