余程思い詰めているような表情をしていたのだろう
悩みの種である文次郎自身に 心配されてしまうとは

「大丈夫か?俺でよければ話は聞くぞ」


(誰の所為でこうなったか 知らないくせに、)




 *  *  *




「・・・で、どうして うどん屋なのよ」
「学園じゃ誰が聞いてるか分からないしな」

文次郎に連れられて 裏々山の麓にあるうどん屋へとやって来た
小雪のちらつく 寒い寒い休日の昼下がり


「かけうどん、二杯」

文次郎が勝手にかけうどんを注文した
私、まだ食べるだなんて一言も言ってないのに


「最近の、眉下げて溜息吐いて 情けない顔してるぞ」
「わかってるー…」
「俺に言えない事なら別に言わないでいいが そういう顔されると気になるんだよ」

(そんな事言われても、……。)



さして待たされる事も無く、私達の前にかけうどんが運ばれてきた
湯気に ふう、と息を吹きかける
麺汁の水面に映った私の情けない顔が ゆらゆらと揺らめいていた

「今日は俺が奢ってやる、遠慮しないで食え食え」
「…奢ってくれるなら 山菜うどんでも注文したかったわよ」


冬は どうも感傷的になる。いや 今年が特別なだけだろうか

春になったら 私達は戦の世へと投げ出される
私はくノ一になる気なぞ更々無い、故に三禁なんて知った事ではない
ただ 文次郎は違う。忍というものに対して 本気なのだ
そして 鍛錬の事しか考えていないこの男を一方的に慕う、虚しい私

(優しくされても 逆に辛いのよ)


うどんを一口、啜る。温かくてとても美味しい

「なぁ、ここのうどん美味いだろ?俺もこの前知ったんだ」
「うん 美味しい…」


視界が 滲んできた
食べているだけなのに、不思議と涙が溢れてくるのだ

温かいから?美味しいから? 文次郎とこうして二人でいられるから?

ぽたりぽたり、と 涙が零れる


「おい 何で泣いてんだ?」

どうしてこんなに苦しいのだろう。ああ、心のもやもやを全て吐きだしてしまいたい

「優しくされても困るの」
「え?」
「文次郎は一人前の忍になるんでしょ…私の事なんて気にしなくていいから。時間が勿体無いよ」
「・・・・・・・」

文次郎は眉間に皺を寄せて ずるずると音を立てながらうどんを啜りはじめた
その姿を見ていたら、少しだけ 涙が引っ込んだ

「向上心もやる気も無い私と一緒に居たら 文次郎まで駄目になっちゃうよ」
「…なーに言ってんだ お前」

ずるずる…と 小気味よい音が響く

「それが悩みか?」
「そ…それだけでは無い…けど、」
「ほら、さっさと食わねぇと冷めるぞ」


先程まで辛くて悲しかった筈なのに 徐々に怒りに似た感情がふつふつと湧いてきた
この男、私の気も知らないで――


「なあ は俺の性格知ってるだろ?」

文次郎が真直ぐ此方を見ている。少しだけたじろいでしまった

「俺、どうでもいい女の悩みをわざわざ聞くような野郎か?」
「そりゃあ 何だかんだ言って文次郎は優しいから」
だから聞いてんだよ」
「まーた…そういう事言う」

戦意喪失。私は食べかけのうどんを啜った。文次郎はとっくに食べ終えている

「私は不真面目だから 忍術よりも真剣になっている事があるの」
「別には不真面目じゃないだろ、現に六年間頑張ってきたんだから」
「…文次郎が居たから頑張れたんだよ。忍術なんて本当は二の次だった」

一緒に課題に取り組んだり 一緒に鍛錬してみたり
一方的な恋慕でも 毎日がとても楽しかった

「離れたくないよ、あんたと」

刻々と近づくさよならの瞬間を惜しむ、一言を零した


「気にかけるなって言ったと思えば 離れたくないなんて言う、矛盾してるぞ」
「・・・・・・」
「でも 卒業したら二度と会えない、なんてどうして決めるんだ」

(何故って そりゃあ 私達の生きる世界が変わってしまうから、)


「自分で言うのもなんだけどよ、お前俺の事好きだよなぁ」
「なっ…なにそれ!」
「俺も好きだけどさ」
「……なにそれ」

文次郎が私の頭をぽん、と軽く叩いて にやりと笑った


二度と会えないなんてことはない
私達の繋がりは 絶対に絶えない 絶えさせやしない


「うどん食って元気になったか?」
「…あと、一緒に 茶屋と市に行ってくれたら元気になるかな」
「おい調子に乗ってるだろ」





店を出ると 小雪は牡丹雪へと姿を変えていた

「ねえ文次郎 手繋いでいい?」
「勝手にしろ」





薄紅の牡丹


(11.10.21 何故、思い詰めた時に食事をすると涙が出るのか)