東校舎の非常階段が の“考える場所”であった
六年間 この場所で 喜びも悲しみも噛みしめて




「…やはり 最後まで此処に居たのか」

錆びた手摺に凭れているに 仙蔵が声を掛けた

「在校生として堂々とこの場所に居れるのが これで最後だと思うと…感慨深いよ」
はもう充分堪能しただろ、この場所を」
「……お陰様で」


この場所を のお気に入りスポットだと知っていたのは仙蔵 ただ一人
寧ろ 六年間 仙蔵以外の人間を“考える場所”に招かなかった事は、自身が驚いていたのだが


「今日まで 色々な事があったねー…主に仙蔵絡みだけど」
「…私達は一体 何だったんだろうな」


が 階段に腰掛けて呟いた

「私に訊かないでよ」










半年前まで 二人は俗に言う恋人同士、という仲であった

ただの腐れ縁が 突然そのような仲に発展したのは 二年前のある日
勿論 非常階段にて――



「私に彼氏が出来ないのは絶対に 仙蔵が傍に居るからだと思う」

「他人のせいにするなよ」
「仙蔵より心を開ける男性が現れるとは思えないわ」
「それは…口説いてるのか?」
「……そんなつもりじゃない…けど」


その時に見せた仙蔵の悪戯そうに笑う姿が は今でも忘れられない

「どうせ暇だろう、私の彼女になってみるか?」




それでも 感情に特段変化は無かった
お互いがお互いへの好意を ラブなのかライクなのか判別出来ないし する気も無かった

とはいえ “恋人同士らしい事”をするのには 些か羞恥心が芽生えた



は 彼の腕の中で度々こう思っていた
この人よりも好きだと思える男性が 現れるとは思えない、と


「私にとって だけは特別な存在だ」

その科白に は安堵感を感じていた
好きだ、恋だ、…そういうモノを超えた何かで私達は繋がっている ただそれが嬉しかった









「でも 巡り巡って元通りになってしまった」

泡沫のような声でが呟いた
正門前に居る 友達とはしゃぐ女子達の声が 非常階段にも微かに聞こえてくる



暫く 二人は黙っていた






――気付いた時 二人の仲は元通りになっていた
喧嘩したのでも 別れようと言ったのでもなく “腐れ縁”に戻っていた

お互いの事は好きだが さして手を繋ごうとも思わないし 身を寄せていなくても構わなくなった


「結局 こうして一緒にただ居る事が一番良いんだろうね」
「…一言では言い表せない仲だな」
「私も仙蔵も臍曲がりだから丁度良いのよ…多分」


それでも 二人はこの場所に訪れていた
染みついた習慣なのか 相互に依存し合っているのか





「結局 最後まで仙蔵は此処に来た…のは、どうして」
「今更理由を訊かれても」
「・・・・そう言うと思った」


仙蔵がカメラをに向けた
ファインダー越しのは 涙を零していた

「なんで撮ってるのー…」
「初めて見たから、お前が泣いてるの」
「…私だって泣く時は泣きます」


一年は組のしんベヱに匹敵する勢いと音で は鼻を啜った
なにを今更、泣いているのか・・・と 自分自身に問いかけながら


「もう この場所で話す事も無くなるんだって思ったら……悲しくなってきた」

仙蔵は 黙ってを見ていた
涙というものは 斯くも綺麗なものだっただろうか


「…が また新しい場所を見つければいい」
「新しい場所を見つけても 仙蔵が居なければ完成しないよ」

これは新手の口説き文句か、と 仙蔵は可笑しくなって 思わず笑ってしまった

「えっ どうして笑ってるの!?」
「本当に 私達の関係って一体何なんだろうなぁ…」
「…それは……大切な…」




真っ青な空を見上げて 仙蔵が呟いた


「私はと別れたつもりは無いから そこの所、宜しく」










interdependence



(09.11.2 相互依存)