入学した頃はね、家に帰りたくて仕方が無かったの 姫である私がどうして田舎者の子達と一緒に暮らさなきゃいけないのか 姫である私がどうして護身術の為に忍術なんて学ばなきゃいけないのか …ずっと そればかり考えてて 眉間に皺を寄せて 誰とも話さずに篭ってた 姫という身分は 学園長先生以外は知らなかった事だけど こんな態度だし 教室で浮いてたわ 城は潰されてしまった、父も母も兄も…皆 いなくなってしまった 学園で暮らしていた私だけが助かったってワケ 皆の許に帰るんだ、その一心で頑張ってたのに 心の拠り所を失っちゃって 父が如何して私を此処に入学させたか解ったんだ 弱小勢力の自分達では後々潰されてしまうって分かってたから 私に忍術を学ばせた 狙われるかもしれない、だから 忍んででも生きろ、そういう事 「・・・どうして その話を私にした」 「お互いもうすぐ卒業だし 大目に見てよ」 仙蔵は 些か憂鬱だった くの一教室で最も浮いていると噂のと組む事になってしまったからだ しかも ただの野外訓練ならまだいい 今回の訓練は くの一教室の生徒を守りつつ 危険な山奥で丸一日過ごすものだ 明日の夕刻まで 無口の女と何を話せばいいのか、まず食料調達等に協力してくれるかどうか… しかし 蓋を開けてみれば はよく喋る普通の女子だった 「貴方だから話したのよ」 が元々は姫だったという事よりも その饒舌さに仙蔵は一番驚いていた 「知ってる?合同訓練での男女組の作り方」 「いや…私達は先生に、お前はこの子と組めって言われるだけだ」 「女子が相手を指名出来るんだよ アレ」 「……初めて知った」 が 微笑んだ 「立花みたく 容姿が良くて実力もある人だと みーんな組みたがるから大変」 「それなら 何故私と組むのがになったんだ?」 「城が潰された時に学園長先生が私の事を心配して…うっかり先生方には話しちゃったみたい」 「…先生が“姫”に気を遣った、という事か」 「それと 憐れみもあるんじゃない?…立花と組めば ほぼ確実に合格でしょうし」 陽は傾き 獣の咆哮のような音も聞こえ始めた 他の組は慌ただしく食料調達等を行っているようだが 仙蔵とは小屋に籠ったままだ 食料調達ならば 開始時に二人協力して迅速に行っていたので心配無い 仙蔵は に背を向けて 暗器の手入れをし始めた 「しかし…がこんなに手際良くて優秀だとは知らなかった」 「私は これを生きる術にしなきゃいけないから 他の子よりも必死にはなるよ」 「卒業後は忍者になるのか」 は 仙蔵の背中を見つめながら うん、と 頷いた 「陰で生きざるをえなくなった私にはぴったり、父には…感謝してるわ」 仙蔵の首筋にひやりと冷たい感触がした の華奢な腕が 背後から首筋へと回されていた 「実はもうひとつ 女子にだけ 秘密の課題がありまして」 「……色を使うのか」 「そう、別に抱かれなかったから点数が下がる〜なんて事は無いし、自由課題…みたいな?」 「…くの一は難儀だな」 「女子が相手を指名出来る最大の理由は 恐らくこの課題があるから…」 仙蔵は溜息を吐くと 身体を反転させ の腕を掴んだ 「何故 課題の内容を私にぺらぺらと喋る」 「だから、貴方だから話したって言ったじゃない」 「…優秀だと思っていたが、変な所で阿呆なのか?」 「人間はね 恋に感けてると阿呆になっちゃうの」 薄暗い小屋の中で は普段見せないような笑みをのぞかせた 「以前の合同訓練で感じたんだけど 立花って何処か冷めてるでしょ? それでいて任務を美しく完璧にこなす、そういう所に私 凄く惹かれた…」 冷たかったの腕が徐々に熱くなっていくのを 仙蔵は感じた そうだ、女だったな――なんて当然の事を考えながら 「私は他人なんてどうでもいいと思ってた、けれど 立花とはこうして会話したいと思っ……」 言葉を遮るように 唇を重ねる がくん と の力が抜けた 「声が上擦ってる、そういう時はもっと冷静に口説かないと 相手にばれるぞ」 「・・・・・・・」 「あと、私心を持ち込み過ぎだな」 「・・・これが終わったら 満足するから、最初だけ、せめて今だけは願いを叶わせてよ」 仙蔵は 微笑んでいるのに 目には涙を浮かべているが 一瞬怖くなった これから闇で生きるくの一の 覚悟や未練、色々な感情の混ざった表情―― 「君には 闇に染まってほしくないな」 から笑顔が消えた 「今更 何でそういう事を言うの」 「…純粋すぎるんだよ、汚い世界に消えていくを私は見たくない」 「勝手な事 言わないで」 「学園長かシナ先生に頼めば 城以外の働き口もあるんじゃないか? 例えば商人関連ならば、貿易に帯同することも…それなら危険も及ばないし、」 どうして こんなにも必死になって彼女の決意を折ろうとしているのだろうか ――仙蔵はそう思いながらも 忍以外の道を奨め続けた 「それでも駄目なら 私が君を助ける」 何故 そんな事を言ったのか 本人も解らなかった 「…そんな事を言われたら、意志がぼろぼろに崩れていくじゃない! 立花も 私が哀れだから助けるなんて甘い言葉を囁いてくれるの?」 「哀れだなんて思っていない、ただ 放っておけない存在になっただけだ」 「…意味解んない」 「私も解らない」 「……なに、それ」 仙蔵はを力強く抱きしめた 先程までの積極性が嘘だったかのように 遠慮がちに の腕が腰に回される 「自分を壊すような真似だけは止めてくれ」 「…でも 私が貴方に憧れているのは 本当の事だから」 「ああ」 言葉だけでも は嬉しかった …私は此処には居られない、卒業したら遠い遠い国に行かないと 死んでしまったら立花とこうして話す事も出来なくなってしまう いつか貴方と もう一度会えるように 私は静かに消えるのだ だから 今だけは このままで居させて、 夢と現を刻んで (10.12.12 現代より、関係は淡泊でも想いは深い…気がする) |