※似たようなタイトルの短編(103号の鍵〜/潮江夢)での設定が、本作のベースとなっております。
「そういえば仙蔵、さんとはどうなったんだ?…もしかして別れた?」 文次郎にはデリカシーというモノが無いのか 「別れてはいない」 「もう一ヶ月以上会ってないだろ?」 「違う、二ヶ月」 うわぁ…と言わんばかりの渋い顔を文次郎が見せた 「さんに連絡してやれよ…」 何故 この男にこの私が忠告されねばならぬのか は違う学部の生徒で、学内図書館にて知り合った 故に 文次郎は彼女の顔も性格も知らない 文次郎は、私が過去に付き合った女達のイメージをにも抱いているのであろう だが それは間違っている は 我儘や不満のひとつも言わないような女だから 「連絡したが、生憎に着信拒否されててな」 「・・・・お前 何したんだよ」 は 陰に篭ってしまった 素直で可愛いんだが、それにしてもあんなにナイーブだとは露知らず 「ああいうタイプとは どう接すればいいのかよく解らなかっただけだ」 * * * 上の階に住んでいる女子が、隣の隣に住んでいる男子の部屋に入っていく 半同棲状態なのだろうか…あぁ嫌だ嫌だ、汚らわしい キャンパスにも 恋人同士でキャッキャウフフと騒ぎながら闊歩している者達が多い あぁ嫌だ嫌だ、他人の幸せなんて見たくないのに 学校に行くのも億劫になってきたので 最近は休みがちだ すっぴんの上下スウェット姿で スーパーまたはコンビニに夕飯を買いに行く事にも慣れてしまった あの男は 私をからかって楽しんでいるんだ 私が異性にあまり慣れていないからって 馬鹿にしているんだ もう疲れた、どうせ飽きた途端に私なんて簡単に捨てられてしまうのに 悩むだなんて阿呆らしい 私から あの男の事なんて断ち切ってしまえばいいのだ …別れようと言えないのは、私に未練があるから そんな自分に 今日もウジウジと自己嫌悪 如何してあの男は 「お前なんてもう要らない」と 振ってくれないのだろう 冷蔵庫を開けると 食料が底をつきかけていた そろそろスーパーに行って 野菜や肉を調達しなければ 鏡を見て 一応眉毛や鼻毛がだらしない事になっていないか チェックはする 無論、すっぴんにスウェットであるが ポケットに財布を突っ込み ドアを開ける そうそう、この夕暮れ時の少し不気味な雰囲気が 最近のお気に入りなんだ 101号室の鍵を閉める 丁度、隣の隣に住む男が 自室の鍵を開けている 誰かと一緒に居るようだが 極力他人と目を合わせたくないので確認はしない 「お前 今日こそ早く帰れよな…?」 「暇を持て余していそうな留三郎も呼んでいいか?」 「俺の話を聞け!」 103号室の男と会話している、もう一人の男の声に聞き覚えがある 思わず 顔を上げて向こうを見てしまった 「……!?」 「…げっ!」 その姿は、紛れもなく 立花仙蔵その人だ 仙蔵がどうして此処に居るんだろうか 新手の嫌がらせだろうか 私が 103号室の…確か苗字は潮江さん?に 何か恨まれるような事をしたのだろうか とはいえ 思い当たる節は何も無い 「がどうして此処に居るんだ?」 「そ…それはこっちの台詞よ!」 「…このアパートに住んでいたのか…しかし酷い格好だ…本当になのか…?」 潮江さんが「仙蔵は俺の友人なんです、昔からの」と 教えてくれた つまり潮江さんの部屋に来た仙蔵と 偶然鉢合わせたという事か なんという不運、仙蔵から逃げていた二ヶ月が水泡に帰したではないか 「101号室のさんが“さん”だったのか…彼女の住所を知らなかったのか?仙蔵」 「狭くて壁の薄い部屋だから招けない、と言われていたからな」 仙蔵と会う時は 私なりに、身なりを整えて お洒落にも気を遣っていた 仙蔵はそこらの女性よりも断然綺麗だから、私も出来る限り頑張ったんだ だが たった今、自堕落モードの私を見られてしまった …もう疲れたから振られていい、そう思っていた筈なのに どうしてショックなのか 答えは 未練だ 私が 仙蔵を嫌いになれていないから * * * 「はいつも 頭の先から爪先まで綺麗なんだ」 仙蔵がそう言っていたのを 俺は覚えている お洒落で物静かなお嬢さん、それが俺の“さん像”だった 俺ん家の玄関前で 仙蔵と 101号室のさんが険悪な雰囲気で会話している 「…潮江さんの家に来たんでしょ、私はこれから買い物に行くの」 「その格好で行くのか?」 「……着飾るの、もう疲れた…別にいいでしょ どうせ誰も見ていないんだから」 「そうは言っても 流石にみっともないぞ」 「うるさい!もうアンタだけには会いたくなかったのに何なのよ!」 さんが 仙蔵の彼女の“さん”と同一人物だとは 夢にも思わなかった そういえば 昔はよくお洒落をして出掛けて行くさんを見たような気がしたが… 最近はさんの姿自体、殆ど見掛けなくなっていた 「そもそもは何をそんなに怒っているんだ」 「私の前でわざと他の女とデートしたりしてたのは何処のどいつですか!」 「が怒る姿を見たかった」 「はぁ!?もうね、馬鹿にするのも大概にしろって言いたいのよ私は!」 「あの…ところで話し合い中に申し訳ないのですが、俺の部屋の前で騒ぐのは…」 駄目だ、今の二人に俺の声なんて届きやしない あと、話を聞く限り彼女に非は無いと思うのだが 言い争いをする二人の腕を引っ張って 俺の部屋に押し込んだ これ以上外に居たら 近所迷惑も甚だしい 「普段も 押し黙っていないで そうやって言いたい事は言った方がいいぞ?」 「私は馬鹿にされる為にアンタの彼女になった訳じゃない!」 さんが 床に置いていた教科書を仙蔵に投げつけた 「…私の顔に傷がついたらどうしてくれるんだ?」 仙蔵が 教科書を背後へと放り投げた それは俺の教科書なので 優しく取り扱ってほしいのだが 「そんなに短気だとは知らなかった」 「誰が短気にさせてるのよ、誰が!」 「…やるか?」 「やらいでか!」 レポート用紙が 紙吹雪の如く、宙に舞った 「やめんかバカタレー!」 さんは 俯いたまま黙りこんでしまった 「…此処は俺の部屋だから俺も口出しさせてもらうが、仙蔵が悪い」 「そうだな 私が悪いな」 思ったよりも素直な回答に 拍子抜けした 「は 私が他の女と話しているだけで複雑そうな表情を見せる なのに 何も言わずに私の前で笑って…自分の意見を全く言わないんだ」 そう、だから俺も“さん”は静かな女性なのだと思っていた 「一度でいいから の文句が聞きたかった」 この二人は 変な所で意固地になるのか 「突然連絡を断たれた時はどうしようかと思ったが、が私に怒ってくれてよかった」 「…お前 ちょっと屈折してるよな」 「私も 不満の一つも口に出さずに付き従ってくるに少し苛々してたから この位はいいだろ」 さんは さんなりに頑張っていたんだ だが 無理をしてまで頑張る事なんて無い、しかもこの男相手に 「文句を言ったり ズボラな自分を見せたら 嫌われると思ってた」 掠れた声でさんが呟いた 「私はそんな事では嫌わない、寧ろ全て我慢されている方が落ち着かない」 「…本当は嫉妬深いし 短気だし…嫌われるのを怖がってる」 「これからは 不満があったら言えばいい、私はそういうの方が好きだ」 「私だって仙蔵が…嫌いになりたくても 嫌いになれなかった……」 俯いているさんの頭を 仙蔵は黙って撫でた 仙蔵が 俺に向かって 声を出さず口だけを動かしてこう言った ( じゃ・ま・だ ) …確かに 俺は邪魔だな だが此処は俺の部屋なのに どうして俺が退室しなきゃならんのか 玄関を出て 溜息をひとつ吐いた あの二人に俺はついて行けない 素直になれない似た者同士、せいぜい仲良くしてろってんだ 101号の 鍵を投捨て、 (11.1.30 仲直りしたら早く帰れよな!) |