「組頭…あのくノ一、相変わらずの独断専行なのですが…」

定期的に 部下の口から吐かれる、彼女への苦情

「まぁまぁ そう言わないで」
「…女には女にしか出来ない事もあるのに」

味方でも の事を理解出来ない者は多い
本来なら団結及び士気の為に 彼女は忍軍から外すべきなのかもしれない
だが 彼女には居てもらう。これは依怙贔屓、かもしれないがね



 *  *  *



「…敵軍、一向に動く気配はありません」

片膝をつき、冷静沈着な様子で私に報告をするこの忍が
くノ一だが 忍装束を纏っている限り 性別は判らないであろう

彼女は 味方の前でも頭巾を外さない
味方とて、彼女の素顔は その力強い瞳しか知らない …私を除いてね


「分かった。じゃあは休んでいいよ」
「はい。…えっ?」
「君は働き過ぎだ。もっと皆に任せてもいい」
「し、しかしながら…」

彼女は不服そうな様子だ

「周りの意見は気にするな。君が無理をして悲しむのは誰だと思う?私だよ」
「…はい」



何故 彼女が人一倍働こうとするのかは知っている
くノ一としての働きが出来ないからだ

だから彼女は頑張る、周りの忍に認められる為に
しかし 男達よりも仕事が出来てしまうと それはそれで新たな火種となるのだ
どうしてお前は 俺達の仕事を奪うくせに くノ一としての働きは一切しないんだ、ってね

御尤もだとは私も思うが、彼女は彼女なりに悩んでいるんだ
ああ、可哀想な


「組頭、任務に支障をきたすようでしたら 私を外していただいても…」
「駄目」

彼女は空を見上げながら ふう、と 溜息を吐いた





鬱蒼とした森に佇む 一本の木の上。私と彼女以外の気配は無い

「私は 信頼している人でないと 触れる事も肌を晒す事も出来ないんです」
「うん、知ってる」
「だから 色という武器も使えない。皆が私を疎むのは当然だと思います」
「私には使えるのにねえ」
「…慕っているのであって “使って”いるわけではありません」

彼女は 再度溜息を吐き 頭巾を外した
私にしか晒さない 長い髪に白い肌

「部下達が 君のその姿を見たら、文句垂れる事も無くなるだろうに」
「見せたくないのです…どうしても 晒す事が怖くて」
「組頭としては もっと味方の事を信頼してほしいんだけどなぁ」
「…申し訳ありません」
「別に謝らなくていいよ。気持ちは解らなくもない」


彼女は 絶対に女の身体を使わない。“汚らわしくて耐えられない”からだそうだ
でも 忍としてはとても優秀だから、私は彼女を使う

寧ろ色なんて使わなくていい。彼女は私だけの彼女だからね
・・・これ 公私混同って言うのかな


チャンは物好きだよね」

彼女の長い睫毛が ぱちぱちと上下に動く

「というより矛盾かな。私の身体こそ汚らわしいだろうに 私に抱かれると愉しそうにする」
「なっ なに言ってるんですか!」

べちんと鈍い音がした
部下に太腿を叩かれたのは初めてだ

「組頭は素敵です!そんな事言わないでください!あとこんな時に夜の話はやめて下さい!」
「脚 痛い」
「…はっ!申し訳ありません興奮してつい手がああ申し訳ありませんああっ」


ころころと表情が変わる
素顔は普通のおなごなのに それを知るのは私のみ


「無理はするな。だが せめて仲間達には素顔くらい見せたらどうかな」

彼女が 何か言いたげに口をぱくぱくさせる

「忍軍の士気に関しては勿論だが、君が疎まれる光景だけは見たくないんだ」
「・・・・・・」
「私が隣に居るから安心しなさい」

彼女の身体の強張りが 少し解けた
こういう所が愛おしいんだ

己にこのような感情が未だ残っていたなんて 可笑しくて笑ってしまうよ


「組頭の為なら 私、」

こんなにも繊細で素直な子を我が物にしようとしている私は なかなかの罪人かもしれないな








一縷の拠



(11.9.17 潔癖や恐怖症の人、この頃にも少なからずは居たと思う)