「あいつは何を考えているんだ?」


眉間に皺を寄せているγが 私に問いかけた


「γ、あいつって 誰?」
「分かってるくせに訊くな」
「………魂胆なんて知らないよ…私だって…」

そう言って私が立ち上がると 椅子が ぎぃ、と啼いた


「あいつにべったりだったも分からないんなら、駄目か」
「べ…べったりなんて別にしてない…」
「でも 俺達の中ではお前が一番一緒に居ただろう?」


それは そうなんだが

幾ら一緒に居たからって 肝心な所でこうなってしまうなら 意味が無いじゃないのよ






*  *  *






初めて私が幻騎士と会話を交わしたのは 溶けそうな程に暑い日だった

私がジッリョネロに入って数週間が経った頃…だっただろうか
あの頃は 先代の最期も ユニ様という存在も 想像すらしていなかったが



「γさん、炎天下の中であの人ずっと剣振ってるんですが…」
「ん?あぁ…幻騎士なら大丈夫だろ  君も一緒に鍛えてれば」
「流石に倒れそうなので遠慮します…」






γが奥の部屋へと消えた後も 私は一人 窓辺で彼を眺めていた




「暑っ…よく溶けないねぇ」


そう小さく呟いた その時 此方を向いた彼とばっちり目が合った



「…何だ?さっきから視線を感じるのだが」
「え!?や…その……精が出ますねぇ、暑いのに」
「暑さ寒さなんて関係無い」

そう言って 彼はふっと笑みを浮かべた



その瞬間 私は彼の見えざる幻術にかかってしまったのかもしれない





しかも それから半年も 一年も続く ・・・なんて恐ろしい幻術だったのだろうか








*  *  *








「おはよう」
「また お前か」
「幻騎士は見てても飽きないわ」
「・・・変な奴だ」
「γにも 超が付くほどの変わり者だなって言われた」




私はあれから ずっと彼を見てきた

恋心か 憧憬か……そんな事はどうでもよかった




「ねぇ、どうして此の世の中は争いが絶えないのかな」

「…仮にもマフィアの一味なお前がそれを言うか」
「それはそうだけど…こうしてのんびりしている事が一番好きなの、私」

ソファに腰掛けている幻騎士の隣に 私も腰を下ろした


「のんびりしたいなら引退したらいい」
「幻騎士が一緒に引退してくれるならー」
「断る」
「…ですよね」
「オレにはこれしか道が無いからな」
「………そんな事は、」

そんな事は無いのに
少なくとも 私は貴方という存在が在るだけで

・・・そう 心の中で呟いた






初めて貴方と話してから約一年、初めてちゃんと名前で呼んでもらえた

一瞬 眩暈がした


「な…なんでしょうか」

たった 、の一言で 顔に熱を帯びている自分が情けない



「お前の意見は賛同しかねる が、嫌いじゃない」

一瞬 意味が解らなかった
だが 幻騎士の表情を見ていたら 何となく彼の真意が伝わった…気がした


以前に比べたら 随分と 貴方の心に近づけたかな



「幻騎士好きだぁ〜大好きだ!」
「暑いからベタベタするな!調子に乗るな!」







ずっとこのままで居れる筈は無い…それは分かっていた


そう  分かっては いたのだけど


















「γ、あんまり酒浸りにならないでよ?」
「お前も菓子ばっか食ってんじゃねぇぞ、肥えるから」
「バレてたか・・・・じゃ また後で」



部屋を出て 細い廊下をヒールを鳴らして私は歩く
メローネ基地は まるで迷路のようで 落ち着かない



その時 左方に人影が見えた




「……歩き方が五月蝿いから お前の足音はよく分かるな」



なるべく貴方に会いたくないから 早足になっていたのに



「幻騎士…」




通り過ぎようとする彼の腕を 私は咄嗟に掴んでいた



「・・・何だ?」

「…どうして…ファミリーを売るような」
「また その話か・・・別に売ってなど」
「………………」



私の心境は γ達と一緒だ
ファミリーを売るような行為は 許すまじ事だと思っている


けれど 如何してそれが貴方なのか





、離してくれ」



名前を呼ばれた瞬間 堪えていた涙が零れ落ちた




「幻騎士なんて嫌いだぁ…嫌い……大嫌い…」











vendifrottole







嫌いになんてなれる筈が無い



あの頃に戻れる、そんな日が来るのを 私は今でも夢見ているよ







(08.11.9 幻騎士は格好良いだろう!が最近の口癖)