窓を開けて 新鮮な空気を思いきり吸い込んだ
朝の陽光が、眩しい

清々しい空に 私はこう誓った
次にこの男に会う時までに 痩せる、と――



問題の男は 起きる気配すら無い

「…寝顔は 昔から変わらないのね」






初めて元希の寝顔を見たのは 高校生の頃

授業時間を昼寝時間と勘違いしてるのではないか、と思いながら 横目で眺めていたのを思い出した
それはそれは気持ち良さそうに眠っているものだから 寧ろ羨ましくて堪らなかった
どうすれば そこまで爆睡できるのか・・・


「……あー………今 何時間目だ…?」

目が覚めた時の台詞は 必ずそれだ

「二時間目が終わった所、次は化学だから起きてた方がいいよ」
「…化学こそ睡眠に相応しいだろ…」
「だって榛名 試験前に私や秋丸に教えろ教えろって騒ぐでしょ、特に理数系」
「・・・・・・・・」

そして 気だるそうに欠伸をひとつ、するのがお決まりだ



気付いた時には 私の脳内は彼への想いで埋め尽くされていた

野球への興味なんて無かったのに 野球部の練習をフェンス越しに眺めていたり
そんな “恋する自分”が 不気味でもあり面白くもあった

私の行動がどうやら解り易かったらしく 秋丸に「は榛名に夢中だな」なんて言われてしまったが



あの頃は 毎日元希に会うのが楽しみで楽しみで仕方がなかった
今日は話せるだろうか、私だけに笑顔を見せてくれるだろうか

片想いをしていた頃の私に 今の私を見せたら確実にこう言うだろう

「この贅沢者が!」



一言会話するだけで充たされていた 高校生だった私の初々しい気持ちを 久し振りに思い出した
すると不思議な事に 眼前で眠っているこの男を愛しいと思う気持ちが 何処からともなく湧いてきた

「…私はやっぱり…元希の事を好きだっていう気持ちは 何も変わっちゃいない……」


喧嘩ばかりしているけれど 私は彼女としては失格かもしれないけれど


私は 今も好きでいてもらえているのかな
あの頃のように 抱きしめられながら「お前が好きだ」と囁いて欲しいのに







sinter*

OVERDRIVE#3








「しなびた温泉街だな」
「…元希さん、ひなびたって言ってくれない?」


ようやく覚醒した元希と 温泉街を歩く
若い男女の姿は 殆ど見掛けない
熟年夫婦の数十年振りの旅行、そんな錯覚に陥る




海沿いの道を暫く歩いていると 高台にある小さな教会が目に入った


「うわぁ…漫画みたいなシチュエーションで何だか素敵」

「お前 こういうの本当好きだよな…」
「近くに行ってみていい?」
「駄目って言っても行くだろうが」


石段を駆け上がり 辺りを見渡してみる
海が 煌めいていた


「素敵ね……私 こういう所で結婚式を挙げたいなー」
「ふぅん…覚えておく」

「・・・・・・・・」



心の鐘が激しく鳴り響いた・・・ような 感覚に陥った


覚えておく、という事は つまり



「…元希って私の事好きなの?」
「はぁ!?な…何なんだよ……好きじゃないヤツとこんな所に来るか」


今 その胸に飛びこんだら 彼は私を強く抱きしめてくれるだろうか






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(09.6.13 愛を〜とりもどせ〜)