三日目―― そろそろ この鄙びた温泉街にも飽きてきた頃だ 元希は 饅頭屋の軒先にある試食用の饅頭を無言で食べている こういう所は 目敏いのね… 「これ美味いな… 饅頭買って」 「私が奢れと!?自分の金で……いや…私も食べたいし 買うよ…」 温泉街で温泉饅頭を買う……なんとベタな展開だろう そんな事を考えながら レジに饅頭の箱を持って行く 「…ほぉ…若いのに こんな所によく来たのう…」 饅頭屋のおばあさんが か細い声で私にそう言った 「当たったんです、抽選で…温泉街四泊五日の旅」 「そうかい……あたしとじいさんも昔はあんた達のようだったんじゃがのう」 そう呟いたおばあさんの表情は とても優しいものだった 彼女の胸の中にいつまでも残っている 温かな昔の記憶が蘇ってきたのであろう 「…いい奥さん やってるかね」 「・・・・奥さん!?まっまだそんな とんでもない!結婚してませんよ!」 「おぉ…あたしゃてっきり」 おばあさんには 私達の姿が若夫婦に見えたようだ 現実は 間抜け面で放浪している学生二人だが 一方 元希は相変わらず試食コーナーから動こうとしない 私とおばあさんの会話も 聞こえていないだろう あの男の後頭部を 饅頭の箱の角で一発叩いてやろうか 「じいさんと 何度も喧嘩してはまた仲直りして 結局何十年もあの人の隣にあたしは座ってた」 「・・・・・・・・・」 「かけがえのない相手なら いつまでも仲良くするんじゃぞ」 店の片隅に 写真が飾ってあった 笑みを浮かべた 優しそうなおじいさんの写真だ 「あんた達が 羨ましいのう」 皺だらけの おばあさんの手を見つめながら 私は何とも言えない感情を噛締めていた 涙を堪えようと視線を移すと 視界に 試食コーナーに未だに居るあいつが目に入った 涙が 引っ込んだ 「…お世辞にも頼れるとは言えないんですけどね、あの男は」 そう言うと おばあさんがケラケラと笑った 「いざという時に頼れたら それでいいんだよ」 「…いざと…いう時に……」 「おーい 兄ちゃん!」 おばあさんが 元希を呼んだ 「何だ? お前まさか金足りなかったのか?」 「貴方とは違うわよ…」 おばあさんの瞳が輝いている…ような気がした 「じいさんに似ておる」 「……俺が爺さん…?」 「あたしの旦那の若い頃にのぅ…」 何の事だか さっぱり解っていない元希の表情が 可笑しかった 「彼女の事 大切にするんだよ」 「え? おうっ」 何が おう、だよ…随分ノリが軽いな そう思いつつも 微笑んでいる私がそこに居た 「じいさんに似てるって言われた時は 何事かと思ったぜ」 店を出た後 元希がそう呟いた 「おばあさん、一瞬 恋する乙女の瞳になってたわ」 「俺は罪な男だな〜」 「はいはい」 おばあさんに言われた言葉を反芻する 本当に この男は頼れるのか否か…… 「…この旅行 お前と来れてよかった…かもしれねぇ」 ・・・・私も遂に 幻聴が聞こえるようになってしまったのだろうか 「…たまには…元希らしくない科白も 言うのね」 sinter* OVERDRIVE#4 「体育の成績が悪かったお前にだけは 負ける訳にはいかねぇ」 「ふっ…野球が出来るからって調子に乗ると 痛い目見るわよ…?」 すっかり恋愛モードが復活した私達は その情熱を卓球に注ぐ事にした 何故に卓球なのか――私達はこういう所が いつまで経っても子供じみているのだ 「じゃあ サーブ打つよー」 「いつでも来い」 今晩と明晩に宿泊する宿の一階にある卓球場は 私達二人きりの戦場と化している 夜だというのに 色気も何もあったものではない ちなみに負けた方は 今晩と明晩の宿代を負担する 発案者は勿論元希だ 完全に舐められている 「…私は確かに運動は得意じゃない…けど 貴方に言っていなかった事がひとつ、ある」 「おいおい なに格好つけて…」 「中学の頃 私、卓球部だったの」 気持ちの良い音と共に 私のスマッシュが完璧に決まった 「・・・・マジかよ」 これで 二日分の宿代は、浮いた――― NEXT → (09.7.12 勝たせていただいたわ) |