思い出した、私のあの頃の感情を
どうして忘れていたのかは 分からないけれど



男性だというのに 何だか綺麗で・・・それに加えて頭脳明晰
立花仙蔵は 憧れだった


私も彼に近づくべく 勉強も忍術の実践も必死になって頑張った

同じクラスという事もあって 時が経つにつれて私達の仲は深まっていった


近寄り難い女、いつも苦無を忍ばせていそうな女・・・私にはそんなイメージが纏わりついていた
けれど 彼が私の本質を解ってくれているのなら……そんなものは気にもならなかった


それは もうすぐ二年生になろうとしていた頃だっただろうか




初めて 苦しくなる程に恋しいと思った








* * *








「そういう訳でね…今までどうして忘れてたのかな、そういう感情が過去にあった事を」
「……が……そうだったのか…」
「何よ そのニヤニヤした気色悪い表情は!!」




は寮内の文次郎の部屋に勝手に入り 話をしていた

廊下で話しているような お馴染みの世間話ではなく にとって今回は重要な話



「認めたくない初恋だわ…相手がアレっていうのが……」
「事実は事実として受け止めろ」
「冷たい!…ところで この部屋にはチョコとか無いの?煎餅とか」
「勝手に入ってきて菓子を要求するな!そんなものは無い!」


他人の部屋で勝手に寝転がって大欠伸をしているを見ながら 文次郎が溜息を吐いた


「…お前、さっきから 声落とさずに仙蔵が初恋でどうのこうのって喋ってたけどよ」
「うん」
「隣の部屋に絶対筒抜けだと思うぞ」
「……隣って立花だよね」
「ああ」
「………………」


が起き上がって 声を潜めて文次郎に詰め寄った


「そ…そんなに壁薄いワケ!?確かにあの学園長先生だからこういう所に経費削減しそうだけどさ!」
の部屋からは隣の物音とか聞こえないのか?」
「凄く大人しい子だから殆ど聞こえないのよ……」
「残念ながら隣の部屋の会話は 意外と聞こえるものだ…特にお前の声はデカいから」
「・・・・何でアンタはそういう事を後から言うのよ!」
「真剣な顔して初恋が云々って喋ってるから…邪魔しちゃ悪いかと思ってな」
「そんな所で要らん気遣いをするな!違う所にその気遣いを回せ!」
「だから キーキーそうやって叫ぶと隣にまで声が聞こえるんだよ!」
「…学園長先生に壁厚くしてって今度言うわ」
「その前にが声を小さくすればいいんだろうが」
「まぁ私はさておき 壁が薄いとひとりエッチも大変でしょ…?」
「お前 帰れ!」








部屋を追い出されたは ふと 隣の部屋のドアに視線を向けた



静かすぎて 居るのか居ないのかよく分からない男

物音くらい立てたらどうなの?と言いたくなる程に 大人しい






、」



自分の部屋に戻ろうと踵を返したその時に 背中の方から声が聞こえた


聞き覚えのあるその声から 聞き慣れない単語が発せられ 目を丸くしながらが振り返った



「……た…立花…?」

「お前の気持ちはよく解った…」
「何それ?……って もしや今さっきの会話が……」
「ああ、お前の声は五月蝿くてよく聞こえるからな」
「・・・・・わっ 忘れてください!あくまで過去ですから…過去の私ですから……過去の…」

羞恥で顔を赤くするを眺めながら 仙蔵が笑みを浮かべた


は私の事を少し誤解している」
「…………」

先程からの 突然の名前呼びに動揺しつつも は黙って目の前の男の話を聞く

「私から避けた事は一度も無い」
「…立花の態度が私を避けさせるのよ」
「………そうか?」
「九割方、そうです」

「・・・よく吠える犬を手懐けたら 飼主はさぞ悦に浸れるんだろうな」


仙蔵が の髪に軽くキスを落とした


「…んな……っ……!?」


「試合開始だ」








蝶を捕える

 蜘蛛の糸







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