普段 気だるそうにしながらも 消灯時間までは渡り廊下に立っている
だが 今夜は姿が見当たらない
具合が悪そうだった素ぶりも見せていなかったのに

女子棟に入れない文次郎は 心配になって の携帯に電話を掛けてみる事にした
いつも近くに居るので 電話なんて滅多にしないが



一度目の電話では 反応が無かった

数分経ち 二度目に掛けた時 ようやく反応があった




居るならさっさと電話に出ろ」

『・・・なによー』

「なによって…見回りとかしなくていいのかよ」
『…どうして私がやらなきゃいけないの?』
「はぁ…?どうしてって昨日まで普通にやってただろうが」
『何でもいいよーもう…』

機嫌が悪いというよりは 無気力になっている、といった所だろうか
また仙蔵と揉め事でも起こしたのか

「…何か あったのか?」
『・・・・電話だとなんとなく話すの嫌だから ちょっと来てよ』
「俺が女子棟に行けって!?捕まるだろうが!お前が来い」
『それは無理……文次郎の部屋ってアレの隣じゃない』

やはり仙蔵絡みか、と 文次郎が溜息を吐いた


「まぁ、いちいち俺を巻き込むなっていうか・・・」
『違う…そうじゃなくて ちょっと事故が……いや…やっぱいいや…おやすみ』



に 一方的に電話を切られてしまった

ひとまず 具合が悪くて寝込んでいる訳ではなさそうだ  そう思い 文次郎は少し安心した













は何時間も ただ 布団の上に仰向けになって自室の天井を見つめていた



彼が 百歩譲って初恋は私だと言っていた事が本当だとしても 今はどうか、なんて言っていない
寧ろ そういうような好意は持っていないだろう

私は 遊ばれているのだろうか



そう思うと は悔しいような哀しいような 複雑な気持ちになった





その時 ふと 何かがの頭の中を過ぎった




ショックで 涙すら流さずに呆然としている私が 其処に居た
あれは 二年生の時の事だろうか


そんなに ショックを受けるような事があったのか
一体何に 私はそんなに悲しんでいるの・・・

肝心な所が どうしても思い出せない





「…本気だった……裏切った………何に…?何に如何して裏切られた………?」










* * *










翌朝  もうすぐ鐘が鳴るというのに の姿は教室に無かった

は遅刻なんて絶対にしないタイプだ
文次郎は 自分の想像以上に に異変が起こっていると感じた



「仙蔵」

「なんだ?…しかしお前は朝から隈が凄いな」
「いや 隈はさておき…昨日お前…と何かあったか?」

仙蔵の表情が少し変わった

「…伊作に…何か言われたか?」
「伊作?あいつがどうして出てくるんだ…いや、ただ何となくの様子が」
「そうか……から見たら お前と私では天と地の差があるんだろうな」
「・・・何があったんだ?」
「別に……ただ 少し本気になってしまった」
「……?」
「従わせたらさぞ面白いと思っていただけだったのにな」



その時 いつにも増して人が寄りつかなさそうな冷たい表情で が教室に入ってきた


文次郎がちらりと仙蔵を横目で見ると 眉ひとつ動かさずにを眺めている仙蔵が目に入った
仙蔵のそんな表情が なんとなく懐かしいと文次郎は一瞬思った



一方は 二人の方には目もくれずに 自分の席に無言で座った




正直 自分の居ない所でこの二人が揉め事を起こすのは別にいい、と文次郎は思っていた

だが 状況が分からな過ぎるというのもストレスが溜まる事を思い知った



「…すっきりしないから何があったか教えろよ、仙蔵」
「文次郎が期待しているような楽しい事は何もない…まぁ伊作に訊くんだな」
「さっきから どうして伊作が出てくるんだ…?」








乙女心、

 鉄になりにけり







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(08.10.27 それは不運だからさ…)