「伊作から訊いた」
「飽きもせずに またその話題か」

うんざり、といった表情で 食堂から自室へ戻ろうと席を立った仙蔵が呟いた


「俺だって好きでこの話題をしてる訳じゃないが が不気味で怖ぇんだよ…」
「あの女はいつもああいう感じだろう?」
「何処をどう見てそう言ってるんだ…」







伊作に何があったのかを教えてもらった時 文次郎は思わず笑ってしまった



「伊作、お前本当に運が無いんだな!」
「笑い事じゃないし!知人同士のああいう場面に出くわした事が無いから笑えるんだ…」
「まぁな…其処に俺が居なくて心底よかったとは思う」
「客観的に見れば あの二人は似合ってるよ……悔しいけど…でも」
「…でも?」
は如何すればいいか分からないような…そんな顔してた」




何故あの二人は 周りを巻き込みながら仲良くなったり仲違いするのか

騒動に毎回巻き込まれる俺は きっとお人よしなんだな、と 文次郎は勝手に解釈した







は勉強は出来るけど 恋だの愛だのには疎いからな」
「お前が言うなよ」
「・・・・・今はの話だ」


六階まで続く階段を昇りながら 二人は話を続ける


「……しかし 仙蔵はいつの間にを」
「それは違う」
「・・・違うだぁ?」
「そんなつもりは無かった」

文次郎の足が止まった


「お前はの気持ちを考えたりしないのか?」

「…説教でもするつもりか?」
「あいつは…どうすりゃいいか分からなくて困ってるんだ、仙蔵の行動の所為で」


「前から思っていたんだが……とお前は何故付き合わないんだ?」

表情を一切変える事無く 仙蔵が問いを投げかけた


「またか…どうしてそうなるんだ?」
「お互いの事をよく解ってるし 心配してるし 他に何が必要だ?少なくとも私よりはにとって」
「俺はをそういう目では もう見ない」
「……という事は過去に…」

仙蔵が 面白い話を聞いた、というような 嬉々とした表情を見せた

「もう随分過去の話だ・・・お前達が相思相愛だった頃っつーか…な…過去形だから」
「…ふぅん」
















は小説を読みながら 渡り廊下のいつもの場所に立っていた



部屋に居ようが 食堂に居ようが 何処に居ようが 心の中のもやもやしたモノは消えない




は 仙蔵の事は勿論だが 自分の事もよく解らなかった

キスされたからって 嫌だ、汚らわしい・・・そんな感情は湧かなかった
ただ 遊ばれているのなら辛いし悔しい  それだけは強く思う

結局 あんな昔の淡い感情を未だに引き摺っているのだろうか…
そう思うと そんな自分が馬鹿らしくも憐れにも思えた



「…明日は休日だし 今日はさっさと切り上げるか」



は 早く寝てしまおうと思い立ち フロアの見回りを始めた








男子棟の窓の施錠を確認していたその時 傍にある階段から聞き覚えのある声が聞こえた

姿は未だ見えない  声と足音だけが空間に響いて微かに聞こえる



「もう随分過去の話だ・・・お前達が相思相愛だった頃っつーか…な…過去形だから」
「…ふぅん」


その声が 文次郎と仙蔵だという事に は直ぐに気付く

正直仙蔵には会いたくないので立ち去ろうとは考えた  が、二人の話す事柄が気になって 動けなかった




「二年のあの時 何故突然を突き放したんだ?」
「…私は…過去は忘れる主義だ」
「何をまた…覚えてるだろ、お前は自分の気持ちをに」
「やめろ、あれはもう終わった事で」
「…あの後のを俺は見ていたがな……もうあんな顔は二度と見たくないな…」
「・・・・あれは文次郎の所為だ」
「だから第三者を巻き込むな!二人の話だっただろうが」




私の知らない 私の過去の思い出を 二人が話している




は 階段から微かに聞こえる二人の声が 恐ろしくなった


文次郎に昔から 何度も「二年の時に何があったか」を訊ねてきた
だが 毎回はぐらかされていたので も 文次郎はきっと真実を知らないのだと思っていた

しかし この感じは 明らかに何かを知っている



早く動かないと二人が来てしまう
そう思っているのに の足が動かない




「でも あんな事を言う為にを呼んだんじゃないだろ」
「…ああ、好きだったのは事実で・・・・・」



の視界に 二人が入った

それは同時に 二人の視界にもが入ったということ





「・・・・なんなの  隠す事は 優しさじゃないわよ」








己が為に

 扉を開けるわ







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(08.10.31 修羅場がやってきた)