鏡童女 IV




最近 遠くの方から戦の音が時々聞こえてはいた

でも どこか他人事のような・・・そんな心境で 耳障りな音を聞き流していた


だが 今朝 扉を開いて外に一歩踏み出した時、他人事だと割り切る事のできない事態になっていた事を知る




「…始まった」

少女がぼそりと呟いた




山は燃え 戦の音は傍にまで近づいていた
この村の者達も 他所へ逃げる為に身辺整理をしているようだ


 お前はどうするんだ?」

少女が訊ねた
此処から逃げるか村に留まるかどうするのか、という事だろう


「貴方はこの時 どうしたの?」
「私は 此処には居なかった…ずっと戦っていたから」
「あぁ…そうだったね」
「私はお前に 安全な場所へ逃げる事を勧める」


逃げる・・・この家を手放して


「…逃げるのは 性に合わない」
「また強がり言って!もー気持ちは解るけど妥協も必要なのよ人生は!」



彼の近くに行けないのなら せめてこの家で待たせてほしい
















そして 村には誰も居なくなった
私と 少女の姿をした私を残して


村人達に何度も訊かれた 「逃げないのか」「どうしてだ」


忍者は自分から身分を明かしてはいけないもの

「もう少し 此処に居ます」

…私は そう 呟くのみだった  さぞおかしい奴だと思われただろう





「…今夜あたり 此処もきっと戦場になる  家が潰れても此処に居る気?」

少女はそう言うと 深い溜息を吐いた
己の強情さは己がよく知っている、そんな所か



「…来る……」


「…何が?砲弾?」


がたん、と音を立て ゆっくりと家の扉が開いた
少女が一瞬身構える




「……?…何故逃げていないんだ…」

よく知っている 声が聞こえた



「あぁ…なんだ!文次郎か!」

少女がほっとしたような表情を浮かべた


「帰って来たのか、何か食べるか?ほらもぼさっとしてないで何か……」


少女の甲高い声が耳に入ってくるが 頭には入ってこない
なにかがおかしい…


足下に視線を向けると 赤黒いものがだらりと流れるのを見た


「怪我してるの?」

私が 呟いた

「…ああ 足だけな、足」


文次郎が玄関に座りこんだ

少女は 過去の記憶と重なったのか 顔面蒼白になっている
足の怪我なのに 随分大袈裟だ



「ちょっと待って 今…出来る限り治療するから」
「早めに頼む」

くの一教室で こういう事はよく習ったものだ…
薬草を擂る事が 些か懐かしく思えた


「私がまだこの家に居る事が不思議だった?」
「ああ…逃げていると思ってた」
「私以外の村人は もう逃げたけどね」
「何故 村人達と一緒に逃げなかった」
「こういう事があるかもしれないって…思ったから」

「…凄ぇな、お前」



「・・・その足でも まだ戦うの?」

「それが仕事だろ?…お前だって解る筈だ」



憎らしい程に 解るさ

闇を駆けて駆けて 何かの信念の為に たとえ手足がもげようとも



「文次郎が右足を引き摺るなら 私を右足だと思えばいい」

「・・・・はぁ!?」
「誰かが傷つくのを 何処かが焼かれるのを じっと見ているだけなのはもう嫌だ」

少女が私の腕を掴んだ

「駄目よ!私の……の運命を変える為に私は来たのにこれではまた…」
「勝手に死ぬって決めないで!死なせない…私は絶対に……ヘマだってしない…本気よ…私は本気よ」
「お願いだから生路を変えてよ!私に同じ光景を二度見せる気!?」
「死なせる位なら私が死ぬわ!止めないで……」



「…アハハハ!これだから阿呆な女は嫌いだ」

少女は 涙を浮かべて笑った





私は 愚かだろうか
じっとしていればいいものを――

でも 彼が此処に帰ってくる確証も無い今・・・



「私は今から貴方の部下……何なりとお申し付け下さい」


七松の言う通りだ、大人しく護られているのは性に合わない
阿呆で結構  私は亡霊の言うがままにはならない、自分で生路とやらを選んでやるわ






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(09.4.19 人間はどこか強情)