黒の戦場 II




夜 真っ只中である

風はほぼ無風に近く 周囲には緊張感が漂っている



「私がこの子達を 隣村に居る村長に預ける」

文次郎がもう一度 溜息を吐いた
溜息はもういいよ、と心の中で呟く

「…いや、うん 言いたい事はお前の顔を見りゃ分かったけどよ」
「文次郎は放っとけって言いたいの?」
「そうじゃない、けど 今は俺達の身でさえ油断すると危ない時なんだぞ」
「……そしたら この子達はもっと危ないじゃない」
「それは…そうだが」

ちなみに 私はこの男との口喧嘩に負けた例が無い


「私が右足の代わりになるって言った途端に別行動する事は謝る……けれど」
「子供達をどうしても助けたいんだろ、早く行って 早く戻ってこい」
「……ありがとう、すぐ戻ってくる」


私は 男の子と女の子 二人を抱え上げた
我ながら 力には自信があるのだ


…相変わらず男並みの……」
「鍛錬馬鹿と付き合うには 私も鍛錬しといた方がいいのかしら…と思った結果がコレよ」

「無茶するなよ」
「お互いにね」



そうして 二人の子供を抱えた私は 隣村に避難している村長の許へと向かった











「お姉ちゃん、僕達重くない?」
「大丈夫よ!腕力には自信があるから」

とは言いつつも 両手が塞がっている状態というのは流石に怖いものだ

全速力で駆けているとはいえ いつ敵に襲われるか分からない
この状態では 咄嗟に手裏剣を投げる事も儘ならぬ


「信用のおける村長の許に行けば安全だから それまで暫く頑張ってね」
「お…お姉ちゃんも頑張れ!」
「ありがと!」

お姉ちゃん、なかなか心地良い響きである




「アンタ また余計な事に首突っ込むんだから」

「ひぃっ!?」


耳元で突然声が聞こえたので 思わず変な声を上げてしまった
振り向くと 少女…ではなく 髑髏の女が立っていた  今回髑髏は持っていないようだが


「どっどどど髑髏の!お久しぶりです」
「私と少女は同じ魂だから そんなに畏まらないでよ・・・貴方とも同じなのだけどね」
「ところで私 今急いでいるんで…」
「ああ 私は貴方と同じ速さで移動出来るから 気にせず走ってちょうだい」


全速力で駆けてみると 同じ速さで女も駆けていた

何が恐ろしいってこの女 本当に顔が私と瓜二つだという事
強いて言うなら 私よりも少し老けた印象ではある



「髑髏さん…一緒に走るなら 二人の子のうち一人でも代わりに持ってよ」
「私には実体が無いから持てない」
「…やっぱり お化け?」
「うーん、ちょっと違うけど似たようなモノよ」




暫くすれば森を抜けられる…
森を抜ければ 村長や村人が避難している隣村へと到着する



「ねぇ、おねえちゃん」

今まで一言も言葉を発しなかった女の子が 呟いた


「なに?」
「木の後ろに居る人が こっち見てるよ」

「・・・え?」


後ろを振り向くと 木陰から顔を出す敵兵らしき姿を確認した
だが それと同時に此方に向かって飛んでくる 矢も


「お姉ちゃん!」



二人の子供を庇う為 私は二人の身体を強く抱きしめていた

私に矢が刺さっても この子達が生きていれば…







「・・・・・・・あれ?」



おかしい、私の背中に矢が刺さっている筈なのに 痛くも痒くも無い

不可解だと思い 後ろを振り向くと 髑髏の女が両手を突き出して矢を食い止めている光景が目に入った


「……貴方…実体無いんじゃなかったの?」
「矢の一本や二本 私の念力に比べたらカスよ…カス……私の…念を使えばこの程度…」

そう言い放つ割に 女は随分疲れている様子だった

「…、子供達は私が守るから 早くあの木陰に居る弓兵を……」
「あ…うん」


苦無を投げると 見事 敵兵に命中した
敵兵が ばたりと倒れた


「ふっ…自画自賛だけど 私 やっぱり投げるの上手いわ……本当に有難う、髑髏の……」

女は 辛そうに蹲っていた


「だ…大丈夫!?」

私が訊くと 女は笑みを浮かべた

「…私が…己の魂を昔の私 つまり貴方の前まで動かせたのは 全て“念”ゆえ
 自分の行動で 大切な人を失ってしまった自分への怒りそして貴方への・・・・」
「生路を 変えてほしい、とかいう」
「そう 最後の願い」

「最後の願い…?……重いよ、発言が重い」

「矢を止める事に 念を使い過ぎた…けど 貴方が生きてて本当によかった」
「髑髏のお姉さんのお陰だよ」
「……早く 子供達を村長の所に預けに行きなさい」
「…貴方は?…此処に居るの?」
「だから…私には実体が無いんだから……」


私は 幼い兄妹を抱きかかえた
勿論兄妹にも 傷一つ無い



、」

女が 消え入りそうな声で私の名を呼んだ


「文次郎に 宜しくね」


「……了解」



振り向くと 女が蹲っていた位置には 枯葉の山が出来ていた




「お姉ちゃん・・・」
「…なんだい?少年」

「今まで ずっと誰と喋っていたの?」






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(09.5.5)