漆黒の猫 I




私は いつものように文次郎の蒲団に滑りこんだ

「ねぇ、今日 久しぶりに食満に会ったわ」

一寸の距離も無い 彼の首筋を見つめながら 私が呟いた


「……どうしてそれを今言うんだ…しかもアイツかよ」
「いつ話してもいいじゃない、私は食満とも仲良くさせていただいてましたから」

心底興味の無さそうな表情を浮かべて 彼が背中を向けた


「…食満はさておき!例の髑髏の女はどうやら本当に私を助けてくれたみたいなの」
「・・・それって忍狩りのやつか?」
「あれ?どうして知ってるの」

彼の肩を掴んで 此方を向かせる

「いや 俺も今日知った…結構酷い事になってたらしいな」
「引き受けてたら 私のその中に居たんだって思うと……鳥肌が立ったわ」
「……まぁ、髑髏女のお陰で もこうして肌に生傷を作る事も無く」
「…こうして満足してもらえるように なるべく怪我しないように行動している私を褒めて」
「図々しいな…」


触れるだけの口付けが 夜のはじまりの合図

この瞬間は あぁお互い好き同士なんだな、なんて事を 惚けながら考えている






「にゃあ」



「・・・・お前 今にゃあって言ったか?」

「そんな可愛い声は出せな・・・・・じゃあ誰!?」


半身を起こして玄関に目をやると 一匹の黒猫が此方を見ていた


「猫…?…いつ入ってきたんだ」
「この子、今日 茶屋の前に居た黒猫とそっくり」


黒猫はもう一度 可愛らしい声で鳴くと 玄関で丸くなって眠ってしまった



「茶屋から着いて来ちゃったのかしら?」
「…来るなら来るで 時と場所を考えろと言いたい」
「猫にそんな事注文しても………で、続きは」
「・・・・萎えたな」
「・・・・・・まぁね・・・」











それから 二日経っても三日経っても 黒猫が街に戻る気配は無く…
私達の家付近に 居座るようになっていた



「野良猫なのは分かったけど、どうして貴方は此処に居るの?……」

・・・猫が喋る筈も無い
私は 話し掛けるという意味の無い行為を止め 野菜の収穫作業に戻った



「…貴方は雄?雌?……あら 雌猫なの」


私も 我ながら暇なのだろう
結局 この黒猫に話し掛けている


「雌かぁ…文次郎は明日にならないと戻ってこないわよ」

「…あ、もしかして私の事を好いてくれているの?私も雌よ?」

「でも 貴重な夜の情事の間は邪魔しちゃ嫌よ……って 野良猫に何を言ってるのやら私は」

「……しっかし貴方、本当に真っ黒ね…ずっと見ていると吸込まれそうな位に」




忍の仕事をしている時は 色々と 気が紛れた

こうして殆ど動かない今は なんだか 彼の居ない寂しさをひしと感じてしまう
余裕が出来たとはいえ 余計な事を考える時間が増えてしまったというのは、困ったものだ


「…独り身でもないのに なんと哀れな事か」

やはり 私は陽の下で畑を耕す事よりも闇を駆ける方が性に合っているのかもしれない



「貴方が雄猫だったら浮気してやるのに」

そう言って黒猫をそっと撫でると いつもの可愛らしい声で鳴いた



「もうすぐ日が暮れるよ……夕飯食べて どうせ暇だしさっさと寝よっか」










それから私は 適当に食べて 適当に風呂に入って 適当に眠ったのだろう

流れ作業のように 一人の時間を過ごしていくのには そろそろ慣れてきた



そして真夜中・・・黒猫の異常なまでの鳴き声に 私は飛び起きる事になる






 NEXT →

(09.2.18 猫の開扉能力には脱帽)