漆黒の猫 II




夢の中で 黒猫がにゃあにゃあと私に向かって叫んでいる
横たわる私の身体に 猫が飛び乗り、跳ねた

嫌になるわ、なんて荒々しい夢なのだろうか


あぁ そういえば騒がしい上に 腹上で何かが動いているような・・・・・


「…ぐぇっ!」

鳩尾に重い一撃を喰らい 私は飛び起きた


「うっ……何…夢じゃないのね……どうしたのよ…?」

黒猫が私の上で必死に鳴く
何を伝えたいのだろう

「お腹空いたの?いや…そんな感じではなさそうね…」


黒猫が玄関の方に移動して やはり必死に鳴いている

「……外?」

寝間着のまま とりあえず扉を開いた



「・・・・・・あれは」


斜向かいの家に 厳つい格好をした者が何名か侵入しようとしていた
あの家は 若武者の妻子が住んでいる筈だ

まさか 若武者の身辺で何かがあり 妻子の命があの者達に狙われているのではないか



忍の性か、私は気付かれないように恐る恐る近づいてみる

余計な事にいちいち首を突っ込むなと文次郎によく言われるが 黙って見過ごす訳にはいかない




「あの裏切り者めの家族など 我らがさっさと始末してしまおう」
「殿は絶対に家族には手出ししない・・・ならば我らの手で一族を葬るまでよ」


…あの旦那さんが本当に裏切り行為をしたのかは分からない
が、殿がしないから家臣が勝手に行動を起こすというのは明らかに間違っている

きっと あまり戦の無い城なのだろう
あの者達は 戦に・・・血に飢えているだけの獣だ

そんな奴等に 大事な生命をくれてやるものか






自分でも驚くような手早さで 寝間着から忍装束に着替える

そして 暗器を忍ばせながら 奴等の元へと急いだ






「な…なんなんですか貴方達は!」

奥さんの声が聞こえてきた

「あの世で旦那に訊きな」


格好つけて決め台詞を吐いた男の後頭部に 勢いよく拳を落とした
男は 間抜け面を晒しながら気を失っている



「気取っている所悪いけど 私はアンタ達みたいな野郎が一番嫌いなの」


奥さんは 私を“斜向かいのさん”であるとは認識していないようだ



「な…なんだこの忍は!」

「雑魚、残り二人・・・・楽勝」



闇雲に刀を振る男達の急所を狙っていく
暫く動けないよう 確実に



「よし、こいつらは縄で縛って 後で山にでも置いてこよう」



「…貴方は一体……」

子供を抱いた奥さんが 私に訊いた


「斜向かいのです」
「・・・・えぇ!?そっそういえば忍者でもあるって仰ってらしたわね…」
「貴方達、引っ越した方がいいわよ・・・此処では危ない」
「………でも あの人が帰ってきたら」


あの人・・・旦那さんの事だ

気絶しているこの男達の話では どうやら亡くなっているようだが
…彼女も 薄々解ってはいる筈だ


「…旦那さんが帰ってきてたら 私が貴方達の居場所を伝えるから…安心して」
「・・・でも さんは忍のお仕事も」
「私 農作業一本にしたんですよ、ずっと此処に居るから…大丈夫 絶対伝える」



私も解っている  彼女だってきっと解っている

それでも 彼が生きている前提で 会話は続いた



「ありがとう、隣国の実家に戻る事にするわ」
「私は今から こいつらを山の麓あたりに置いてくるわ」
「…男三人も担げるんですか!?」
「縄を引っ張っていけば楽勝よ!」









*  *  *







「起こしてくれてありがとう・・・貴方、凄いわ」

私は 黒猫を優しく撫でた

「お陰で 彼女達が殺されずに済んで…よかった……けど…」


現実を解っているのに 旦那さんは生きていると自分に暗示をかけている彼女

とても他人事とは思えない
これは 私だけではなく この時代の誰しもが抱えている恐怖ではあるが

家族や恋人、友達だって ・・・大切な人を失いたくはない



「黒猫さん、貴方は何処から来たの?家族は居ないの?…もう自立しているのよね」

「黒猫さん、貴方はずっと私の傍に居てくれるの?」

「……凄く怖いのね 失うって事は」




私は 私自身が思っていたよりも遥かに 彼が居ないと駄目なようだ






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(09.2.23 あなたがいなくなるなんてありえない)