追憶の彼方 これは私がまだ学園の生徒だった頃の話だ 「私は卒業しちゃった先輩が好きだったんだけど…今でも忘れられない」 「そうだったんだ!私はね〜…六年生の…」 「えっ誰誰!?」 恋の話・・・それは私が最も他人事でありたいと思う話題である くの一教室のおなご達は 頬を赤らめながら各々の想いをそっと呟くのだ ちなみに 此処に居る子達は全員年下で 私と同学年のくのたまは居ない なので余計に逃げ場が無い・・・ような気がする この話題の時、同じ教室に居たくはないが 休み時間が短いお陰で 他に行く場所も無い 「ところで ちゃんは居ないの?好きな人」 …それきた!! 忍法・空気化の術を見事に破りやがって! 心の中で緊急警報が鳴り響く中 私は平静を装う 「わ、私は忍術を真剣に学んでいますから…恋なんて最も必要の無い物でしょう?」 思ってもいない事をさも思っているかのように口にするのは なかなか精神に負担の掛かる作業だ ちなみにこの台詞、殆ど文次郎の受け売りである 「アハハハ!なんだかちゃん潮江先輩化してる!」 「ブフッ!…おっと失礼、やぁねぇ私は彼とは違うわよ」 女の子って時々 物凄く鋭くなる気がする 貴方 きっといい忍者になれるわよ・・・ 「ちゃんって六年の方々とよく話してますよね」 「そりゃあ同い年だし…」 ああ 早く鐘よ鳴ってくれ…授業よ始まってくれ… 「六年間で一度くらい 誰かを好きになった事はありますよね」 「無いわ」 「またまたぁ絶対嘘ですよー ねぇ皆 ちゃんこそ恋の手慣れっぽいよね!」 “皆”を呼ぶな!と 心の中で絶叫する だいたい恋の手慣れって何だそれは・・・ 「先輩って冷静沈着だから立花先輩とか…?」 「私はちゃんとよく話してるから食満先輩かと思ってたんだけど」 私の話だというのに 肝心の私は完全に置いていかれた模様だ 皆 イイ線は衝いてるのよね 「で!誰なんですか!?」 …私に話題が戻ってきてしまった 「だから…私は恋なんてしてないわ」 「こんなに大人な雰囲気なのに…?」 「私が年上だからそう見えるだけよ、きっと…オホホホ」 恋だの愛だの そんな浮いた話は誰にも言わない、そう決めている 私は護身術ではなく 本気で忍者を目指して勉学に励んでいるんだ 本当は恋に現を抜かす事すら間違っているとは思う だが 何かの手違いでうっかり恋をしてしまった …私ともあろう女が 在学中に……しかもアレに……絶対にバレたくない 「男なんて今は必要無いのよ!今はただ 明日の実技試験の事を考えるのみ!」 そう叫んだ瞬間 教室の温度が少し下がった気がした ・・・私 間違ってますか そんな秘密主義のこの私が一体何処で文次郎と会っていたかというと 校庭である こういう事は“木を隠すなら森の中” コソコソするから周囲にバレるのだ 「私が教室で浮いたら アンタの所為だからね」 「俺は関係無い」 「…まぁ、今日の皆の反応的に 噂が広まるとしたら私の相手は立花か食満だと思うわ」 「・・・それを俺に言って 俺はどうしろと」 「…あぁっ文次郎のそういう所が憎たらしい!」 「は本当にキーキー五月蝿いな」 「キィッ!」 その時 校庭の端に居たくの一教室の生徒と目が合った 「しまった!目が合っちゃった、あんな話をした後だというのに…一緒に居る所を見られた」 「お前 仙蔵か留三郎じゃなけりゃ噂にならねぇって言ってただろ」 「……根に持つのね」 * * * 「その後 女の子にこう言われたのよ……“潮江先輩は違いますよね”…ップクク…」 「突然昔話をするから何かと思えば 結局俺を馬鹿にしただけかよ、お前」 「暇だから面白い話でもしろって言ったのは文次郎でしょうがー」 「面白くも何ともないぞ」 「そう?私にとっては愉快な思い出だよ」 あの時の私達は 周囲にこの関係をバレないようにする事も鍛錬の一環だった 今思えば 私も相当“忍者してる”生徒だったようだ・・・秘密の恋の何処が“鍛錬”なのやら 「結局 最後まで隠し通せるとは思わなかったけど」 「隠し通すと言っても半年位だっただろ」 「でも噂のひとつすら立たずに…今こうして二人で雑炊をつついてるのが不思議」 「雑炊は関係無いだろ」 「・・・ねぇ、立花辺りにはバレてた気がするんだけど」 「・・・俺もそう思う」 黒猫が気持ちよさそうに眠っているのを眺めながら 雑炊を啜る 「こういう平凡な日がずっと続けばいいのにって 私、思うわ」 NEXT → (09.2.27 はじめから熟年夫婦のような落ち着き) |