廊下に居てもよく聞こえる 笑い声

おかしい、いつもなら皆 帳簿の計算を黙って始めている頃だが


入口の前で立ち止まって耳をそばだててみる

後輩達の楽しそうな声が響いている・・・委員会の仕事はどうした、仕事は





「それでそれでっそのお爺さんは最後になんて言ったと思う?」
「えぇー…もうお爺さんが破天荒すぎて想像出来ませんよ」

おい、上級生の三木ヱ門まで女の無駄話に乗っかってどうする

「儂が屁をこいたのは…内緒じゃよ……って!」
「ギャッハハハハ!!」



俺が戸を開くと 涙目になりながら笑っていた奴らの顔が固まった


「し…おえ…せんぱ…」
「……忙しいこの時期に何を悠長に笑い転げてる」
「いやぁ…さんの小噺が面白くて…すみませ…ッククク」

駄目だ… 全員 顔が笑いたい笑いたい、と引きつっている



「皆が憂鬱そうな顔してこの部屋入ってったからさぁ〜ちょいと楽しませてあげようかと」

部屋の一番奥に座っている いつもの女が ニヤニヤしながらそう言い放った


は邪魔だから来るなとあれほど…」
「邪魔ぁ?私は疲れてる会計委員の皆様方を癒すべく立ち上がったまでで」
「それが邪魔なんだ!正直に言え、暇なんだろ!」
「そ…れもあるけどぉ…じゃあ文次郎は愉快な小噺が出来るか?出来ないだろうっ」
「出来て何になる」
「やるか!」
「やらいでか!…じゃなくてだな」

団蔵と左吉が必死に笑いを堪えているのが視界に入った  これは見世物じゃないぞ、戦いなのだ



「まぁ、夕食はちゃんと時間通りに取らせてあげなよ?じゃあね」
「…今日は潔く引き下がるんだな」
「皆とお喋りできたから満足!…鬼の居ぬ間に」

鬼って誰だ?・・・俺か



「委員長も 今度ゆーっくり語らいましょ」

そう言って ぽん、と俺の肩を叩くと 鼻歌を歌いながら部屋を出て行った




の何が本心で何が冗談なのか よく解らない
仙蔵や伊作あたりなら 女子の気持ちを汲みとったりするのが得意そうだが

今度ゆっくり、の“今度”に期待する自分の本意もよく解らないがな
あいつの事 そんなに好いていたっけなぁ…





騒 動





ようやく静かに委員会活動が行える環境になった

ぱちぱちと算盤を弾く音だけが 部屋に響いている


そうだ それでいい これが会計委員会のあるべき姿



「ぎゃあああああああっ」


そうだ 謎の叫び声も無視して帳簿の計算を・・・



「…先輩」
「何だ、三木ヱ門」
「今の凄い叫び声って さんじゃ…」
「………関わるな」



今は これ以上あの女に関わっている暇は無い

ただ黙々と会計委員会はこうして帳簿の計算をする


廊下を凄まじい勢いで駆けてくる足音は無視して・・・




「いやぁぁぁあああ!」

戸を勢いよく開き バタバタと走りながらが戻ってきた
…つくづく 騒がしい女だ



「どうしたんですかっさん」
「左門、は無視しろ」
「だって叫んでますし…」
「駄目だ、関わるとますます委員会が長引くぞ・・・・う゛っ!?」


背中が突如重くなった  …もう駄目だ、委員会続行不可能


「だぁーっっ背中に乗るなバカタレッ」
「へっ…へへっへっへぇっへびっへびへび!へびがでたっ!」
「はぁ…?」
「廊下歩いてたら…何か変な色の蛇が居て…こっち来て…うぅぅ」


ぎゃあぎゃあと どいつもこいつも騒ぎ始めた丁度その時 蛇がこの部屋に入ってきた

途端 のみならず一年の二人も飛んだり跳ねたりしだした
・・・飛ぶも跳ねるも同じ意味か





「これってもしかして伊賀崎孫兵の飼ってるジュンコじゃ…?」

三木ヱ門が呟いた  俺も薄々そんな気はしていた…


「もももも文次郎よ、ジュンコさんって誰だいっ」

しかし 如何してここまでは蛇に怯えているんだ

「そこに居る毒蛇だ…ていうか背中から降りてくれ、重いから」
「どどどど毒っ!?咬まれたら死ぬじゃんイヤァァァッ」
「いだだだだだだっ人の背中で暴れるなっ」
「生の蛇って初めて見るのよぉ…しかも毒って…あぁぁぁこっち来たぁぁ」

さすがに俺も咬まれるのは御免なので を背に乗っけたまま避難する


「動きにくいから本当に降りてくれ!お前が乗ってると蛇を捕まえる事も出来ん」
「畳に足をつけたら咬まれる気がして怖いのっ鍛練だと思って我慢して」
「毒蛇だからってすぐに咬まない!重い!降りろ!」
「重い重いってさっきから失礼なのよ乙女に向かってっ」

首を絞めかけられたので を無理矢理降ろしたら 金切り声を上げた

本気で、五月蝿いと思った瞬間だった







この騒ぎを聞きつけたのか 伊賀崎孫兵がようやく姿を現した



「ジュンコォォこんな所に居たのか!」


さっさと大人しく飼い主の元に戻れジュンコ、と心の中で呟いた
が、ジュンコが最後の足掻きか何か知らんが の方へと方向転換した


「ギェーーーッ!!毒が来たあああ」
「ジュンコ、五月蝿いからの方へ行かないでくれ……う゛っ!?」

が今度は前から飛びついてきた
重いとかそういう事より どうすればいいんだ…これ


「やぁー死にたくない死にたくないっ……」
「蛇は・・・今 無事に伊賀崎が確保したが・・・・」
「毒が・・・・毒が・・・・」

抱きしめられるこの感じ 嫌じゃ…ないな
いや 駄目だ こんな人目のある場所で俺は何を考えて


…蛇、もう居ないが…」
「………うぁっ!お父様ごめんっ」
「俺はお前の親父じゃ…ないぞ」


・・・おい、どうしてくれるんだ これ この変な気持ちを




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(08.7.10 じゅんこからはじまるときめきとぅないと)