「小松田さんっもう行っちゃった!?」
「あぁさんおはよう 六年生の事?随分前に行っちゃったけど」
「やっぱり……」

私はどうしてこうも早起きが苦手なんだろうか、と 呆れる

「何か用事でもあったんですか?」
「いやぁ…気をつけてくださいと一言言いたかっただけなんだけどね」
「祈っていたら きっと通じますよ」
「…小松田!アンタいい事言った!」



皆と一緒に居る事が 今の私の生きがいなのかもしれない
けれど皆は 私なんてあくまで日常の中にあるものの一つに過ぎない


「なんだか、虚しいなぁ…」


「…さん?」
「あ…何でもないよ!さぁて掃除掃除」















掃除を一通り終わらせ ふらふらと学園内を散歩する


陽射しが強くなってきた・・・けれど元の時代よりは涼しいような気もする
やはり未来の地球温暖化は深刻なんだろうか


地球環境について真面目に考えていたその時 とても柔らかい土を踏んだような感覚がした

この感覚は 一度体験した覚えがある


「これ落とし穴じゃ……っわ!」



案の定 落とし穴に落ちてしまった

もしや…と思ったのにも関わらず避けられなかった私は なかなかの鈍臭さのようだ



「おやまあ」


小綺麗な男子がスコップを片手に 穴の中で無様な姿を晒す私をじっと見つめている


「ちょっ…眺めてないで助けてくださいよ!」
「わかった」


彼に引っ張ってもらい 穴を脱出する
というか この人 スコップを持っているって事は 明らかに…

「…貴方の掘った穴?これ」
「うん」
「…………そうですか」


現代だったらクリーニング代よこせ!って怒鳴られるかもしれないわよ、君
・・・と 心の中でそっと呟いた



そうこうしているうちに 彼はまた黙々と穴を掘り始めた


「誰を…そんなに落としたいの?」
「いや、作るのが趣味」
「それは……楽しげな趣味ですね…」


そういえば彼とは初めて会ったのに 私が何者か、とか気にする素振も見せない
新しく入った事務の人だと思われているのか・・・いや、そもそも他人に興味が無いのか


「・・・・私は綾部」
「へ!?……あぁ…私はです、どうも…」
さんは何だか元気がありませんね」
「…そう見える?」
「穴を掘る事をお勧めしますよ」
「……じゃあ 掘ってみます」





炯 炯





「フッフッフ……完成した!我が心血を注いだ罠…と書いてトラップと読む、が!」


何時間 経ったのだろうか


言われた通り 私は無我夢中で落とし穴作りに勤しんでしまった
途中で食事休憩やトイレ休憩を挟んで作り上げた力作である


ハイクオリティを追求するあまり 日が暮れるまで掘り続けてしまったという訳だ

そしてたった今 完璧な落とし穴が完成した ……自画自賛だが



「物凄く 文次郎を落としたい衝動に駆られているわ…」


あいつが帰ってきたら どう誘ってどう落とすか・・・私はその事を考えるのに夢中になっていた

「・・・・あっ」

そう、 足元も 見ずに














あれは 喧嘩中だったんだよね

あんたの事を盛大に引っ叩いたっていうのに 穴に落ちた私に手を差し伸べた


あの時 涙が出るほど嬉しかった

喧嘩してたのに 私を捜してくれて



居場所が出来たような・・・そんな気がして 凄く嬉しかった








「んん……うっそぉ…もう朝じゃないの……ふぁぁ」



瞼を開けると 微かに陽の光を感じた

早朝、といった時間なのだろう




私は現在 自分の事を阿呆だと痛感している

自分が何時間も掛けて掘った落とし穴に 自らうっかり落ちたのだから
しかも腰を打ってしまったらしく 落とし穴から這い上がる力が出なかった


初めは「どうしよう…」なんて延々呟いていたが 穴からどうせ出られないなら眠るしかない
・・・そう思って 本当に私はこうして朝まで眠っていたという

自分の図太さには 我ながら脱帽せざるをえない



「でも腰痛いんだよね…どうすっかなぁ……」


恐らく 忍たまのよい子達は未だ眠っている頃だと思う

どうせ眠るのなら 皆が起きる時間まで眠ればいいものの…私ってヤツはこういう時だけは早起きね




「……落ちたの?」


「えっ?…もっ…」

聴こえてきた声に 顔を上げる


「文次郎じゃなくてごめんね」

「仙蔵さん!えっいやそんな事はっ滅相も無い!仙蔵さんが神様に見えますよ」

「……妬いちゃうよ、全く」
「え?」
「…もしかして落とし穴から出られないの?」
「はぁ その通りです…ていうか早くないですか?帰ってくるの」
「夜間訓練が中心だったから 朝早く帰れたんだよ」


仙蔵さんに 穴から引っ張り上げてもらう
私はすぐ落とし穴に嵌まるくせに 自力で上がれないから性質が悪い



「あ…ったたたぁー……」

少しでも動くと 腰に鈍い痛みが走る


「…もしかして、腰痛い?」
「落ちた時に打っちゃって…」
「そっかぁ……文次郎〜ちょっと来〜い」


仙蔵さんが叫ぶと 文次郎が駆けて来た

「恥ずかしいから朝っぱらから名前を叫ぶな!……うわっ汚ねっ」
「昨晩落とし穴に落ちたそうでな」
「馬鹿だろ……」

二人とも そんな憐みの目で私を見ないでほしい


さん、落ちた時に腰を打ってしまったようなんだ」
「・・・・俺が運べ、と?」
「残念ながら私はこれから用事があるんだ」

そう言うと 仙蔵さんは軽やかに走り去ってしまった



「どうしようもない奴だな…乗れ」
「……えぇっおぶさってくれるの!?」
「歩けるなら歩け」
「歩けたらとっくに歩いてます」
「可愛くない女だな」
「それが私、ですから」



何年振りだろう 誰かの背中に乗せてもらうだなんて

・・・この前の毒蛇事件は気が動転した上での行動だったから カウントしないが



「いやぁ申し訳無いです」
「俺に迷惑掛けるのが の持ち味だろ」
「なにそれ!……まぁいいや…ありがとね」



なんだかドキドキするのは きっと気のせいじゃない

タイムトラベル先で 絶対に恋しちゃいけないのに ・・・どうしよう




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(08.7.21 綾部が掴めん)