20:55



ちゃんのこの着物すげぇ!下着はもっと凄いけど…」
「キャミソールの事?南蛮の最先端着物みたいなものよ…あと覗き見は犯罪よ、小平太くん?」
「そんなつもりじゃなかったなんだけど ちゃんが脱ぐから」
「私の所為かい!」


そもそも何故 彼等が天井裏に潜んでいたのか
もしや仙蔵さんが言ってた「面倒臭い事になるかも」というのは この事だろうか




「で、どういう訳でこういう事に?」

沈黙している文次郎に尋ねる


「…お前が帰るから 最後に何かやろうって事になったんだが」
「あぁ……それは…」
「でも何をすれば良いか思い浮かばなくて 驚かそうとかいう話の流れになって…今に至る」

まずい 嘘吐いてた事を忘れていた

「俺だけだとはきっと機嫌が悪くなると思ったからこうして大人数で…」
「…誤解、別に私は二人で居る事が嫌なんじゃない……女心は複雑なのよ…色々」


本当は文次郎のそんな心意気が嬉しくて仕方なかった けれどありがとう、なんて癪だから言わない
素直にありがとうって言える女性が きっと俗に言う可愛い女性…なんだろうが


…そんな事を考えていた時 背後でごそごそと鞄を漁る音がした


「あっ見ちゃだ…って仙蔵さんか…」

仙蔵さんなら私が未来人だと知っているので 未来の物を見られても特に支障は無い


「何か楽しめる物は無いのか?」
「意外と図々しいですね…一応ありますけど……例えばー」


そこで私は未来から持参した 十数年モノの黒ひげ危機一髪を鞄の奥底から取り出した
いつか使えると思って黒ひげを持ってきた自分を褒めたい










「皆さん…これは南蛮の最先端玩具、黒ひげ危機一髪です」


私は全員に黒ひげの説明をする

ちなみに外国産ではないが 何と説明すればいいか分からないので南蛮と言っておく
未来の物は全て“南蛮”で片付けているが 間違った南蛮像が彼らの中で生まれない事を祈る


「へぇ、剣を此処に入れてこの人が飛んだら負けって事か…」
「躊躇わずに突き刺せ、男共!!」






21:30



「次行くよ………っぎゃあ!」

また伊作君が黒ひげを飛ばした 何度目だろうか
この人は筋金入りの不運とみた




現在 部屋がちょっとした宴会場のようになっている
黒ひげ、恐るべし・・・


しかし いつ「私が帰るのは嘘でした」と言えばいいのか
仙蔵さんは嘘だと知っててこの状況を楽しんでいる、確信犯だ




「ところで その格好はやめろと…」

隣に居た文次郎が私に耳打ちした

「寝る時くらい 楽な格好したいじゃない」
「それはそうだが…よからぬ事をしでかす輩が居るかもしれん」
「思春期だからね〜……ってまさか文次郎」
「…ばっ!んな訳一切ないだろうが!」
「一切ないってアンタ…それはそれで失礼な言い草ね……まぁいいけど」

手元にあった剣を樽に刺すと ヒゲオヤジが宙を舞った

「……私も伊作君レベルの負けっぷりだわ」






23:18



「小平太も伊作も、眠い、いい加減に、しろ」

「だらしないなぁ食満は〜」
「私は負け続けの日々にサヨナラしたいんだ…まだ終わる訳には…」
「じゃあ長次が居眠りしかけているのに誰も文句は言わないのか!?何故俺ばかりが!」


あっちもこっちもフリーダム、そんな単語が頭を過ぎった

このままではまずい  宴会をお開きにするには私が真実を言うしかない


今まで楽しさに負けて 嘘だと言えずにいた
私はまだ未来には帰らない・・・だがこのままだと言わないと本当に帰る羽目になるぞ これは





「あ…あの」
「あーちゃんもまさか寝るだなんて言う気?」
「そうではなく……実は…」

仙蔵さんが 早く言え、と言わんばかりの表情をしている
楽しさよりも眠気が勝っているのだろう・・・いっそ貴方が嘘だとバラしてくださってもよかったのよ



「私…まだ帰らないんです……ごめんなさい…」


仙蔵さん以外は私の方を向いて 驚いたような表情をしている


「…すいません…ちょっと色々あって……でももう少し此処に居たいんです…すいません」



「・・・・そっか、ならよかった!」

小平太くんがそう言って にこっと笑った


「…え?」


呆れられるか怒られるとばかり思っていた私は よかった、という言葉を想像していなかった



「なに驚いてんだ?…が居なくなったら寂しいって思ってんだよ、皆」
「……文次郎…くだらない嘘吐いて迷惑掛けました、申し訳無い」
「もう嘘か真か判りにくい嘘なんか吐くんじゃねぇぞ」
「…で、文次郎も寂しいって思ってくれたワケ?」
「・・・・・ちょっと な、ちょっと」


ちょっと、で 満足だ  無性に嬉しくて 変な感じ




「ありがと」


癪だからって言えなかったその単語が 勝手に零れていた






23:30



おやすみなさい、またあした





霽 月





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(08.8.3 想ってもらえる事が こんなに幸せだなんて)