あれから 三日くらい経ったのかな 私こそ 文次郎に何か貰えばよかった 長い夢を見ていただけなのではないか……そんな気さえ する 「…腑抜けた顔してるんじゃないよ」 寝転がっている私を覗きこみながら お婆さんがそう言った …何故 お婆さんが閉め切られた一人暮らしの女子の部屋に居るんだろう 「・・・・・・って えぇ!?誰っ何…幽霊!?」 「落ち着け…私はだ」 「…はぁ…?私がですが……」 「未来から来た、私はお前の五十年後の姿だ」 「・・・・本当に?」 「以前 誕生日のお前に飴玉を与えたのも この私だ」 五十年後……目の前に居る老婆は七十手前の私なのか その割には 随分と老けてみえる 私がいずれこの姿になると思うと 少し憂鬱になった 「…ところで 何故私の前に現れたのでしょうか」 「記憶が一気に流れて来たからよ」 「……記憶が…って?」 「お前が元の時間に戻った瞬間、未来の私にもお前が過去で体験した記憶が流れてくる」 「それは私 自身が…体験した記憶、だから?」 「そうだ…トリップで体験した事柄が私の“記憶”に一気に追加されるのだ」 老婆の私は 物珍しそうに携帯電話やテレビを見つめている きっと 彼女にとっては過去の遺物なのだろう 「お前は今 心が空っぽになっている」 そう呟いて 老婆の私が 私の手をぎゅっと握った 彼女は思い切り握ったつもりのようだが その力は惰弱だ 「今の私の残りの飴玉は一つだ、お前に与えられる余裕はもう無い」 「み…未来なら来たなら その飴だって簡単に手に入るんじゃないの?」 「これはな、非合法なんだ…なかなか手に入れにくい」 「非合法……アングラで取引されているようなヤバい物なの!?これ!」 「副作用が強すぎるから 一般人には禁止されているんだ」 副作用というのは身体が崩れていく あの状態の事だろうか、と考える 「でも その前に戻れば…」 「過去で死のうとしたお前が言っても…説得力無いぞ?私も同時に消えるんだからね」 「・・・・それは…すいません」 「まぁいい、本当の副作用は身体の崩壊より恐ろしい事だ」 老婆の私が 私の手を離した 「空っぽになっちゃうんだ、今のお前のようにな」 からっぽ ・・・今の私は そんなに からっぽ? 「トリップしている間 元の時間は動いていないだろ」 「…がっくりする瞬間ですね、あの経験は何だったんだって思わされます」 「あとは 過去で良い経験をしてしまった場合・・・戻った時に余計に哀しくなるだろ」 「……うん…かなしい」 「その辛さ、虚しさに耐えられずに自ら命を絶つ者も多いんだ」 「・・・そうなんだ」 「…お前の記憶が私に流れて来た時、楽しい気分になったんだよ」 「………?」 「文次郎は勿論だが…皆の事が大好きなんだな」 「……うん…だいすき」 皆の事を思い出すだけで涙が出る 「お前は戻りたいんだろう、あの時代へ」 「そう…だけど……」 「副作用が怖いのか?」 「それもあるけど 向こうで死んだら此処や…未来の貴方はどうなるの」 老婆の私が微笑んだ 「トリップ先で死ぬと という人間は此の世に居なくなったものとされる」 「それってどういう…」 「全ての人からお前の記憶が無くなるらしいんだ・・・酷だがな」 皆が私の事を忘れる・・・ 私の存在が無かった事にされる・・・ 「お前の事を知っていたのはトリップ先の人間だけ、という事になるな」 「…貴方というか…未来で生きている私はどうなるの」 「過去のお前が死ぬんだ、勿論そこで身体も存在も全て消えるさ」 「消えるさ…って……酷な…」 「だが お前自身の事だ、どうするかはお前が決めるんだよ…誰も止めやしない」 私の行動が 未来の私を殺す それは 今まで頑張って生きた未来の私を裏切る行為 「・・・・・・・・」 「…お前自身の事だから お前のしたいように生きればいいんだよ?」 「でも私が死ぬまで向こうに居たら……貴方だって…私…過去の私に殺される…」 「……自分に殺されるなら悪くない、お前が幸せになれば 私はそれでいい」 老婆の私は 窓の外を見つめながら話し続ける 「大人になった私は辛い思いをしてばかり……だから私はお前が十七になった時に飴玉を渡した 今までの貯金全てを叩いて十個の飴玉を買った、そして過去をいじったが 効果は無かった…だから」 「…だから十七の私に五個の飴玉を渡して 過去を変えて幸せになろうと思ったのね」 「ああ、若かった頃…希望を持っていた頃のお前なら 本当に変えてくれると思ったからだ」 未来の私は どれだけ辛い思いをしてきたのだろう 実年齢より老けている この老婆の私がそれを物語っている 「お前が死んだ時 きっと私の魂にもその記憶が入ってくるだろう」 「…なんだか非現実的な……」 「きっと入ってくるさ……その時が楽しみだよ、きっと幸せな記憶だろうからな」 「そんなの やってみないと分からない…」 「だから行くべきだよ、お前が幸せだと思える場所へ」 「……帰るって…約束しちゃったしなぁ…」 「未来の事は気にしなくていいから」 「…私も随分太っ腹になったのね」 私自身が幸せだと思える場所へ 「ただし もう少し身体を休めないと駄目よ?」 「・・・あと一週間位?」 「最低一ヶ月」 「えぇー…」 「じゃあ私はそろそろ帰るけど 何か言いたい事は?」 飴を口に含みながら 老婆の私がもう一度 私の手を握った 「・・・私の選択は人として反則だとは思う、けど私にとっては…正しい?」 「ええ、私はいいと思うわ」 ありがとう 危険を冒してまで 十七歳だった私にこれを託してくれて 幸せにならないと 未来の私に怒られちゃうね、こりゃ 「文次郎に宜しくね」 「…宜しくって私自身から私に言われても」 目の前に居た老婆の私の姿が ふっ…と消えた 一ヶ月経ったら 皆の所へと戻ろう 私は 幸せになりたい 未 来 Next→ (08.9.15 一筋の光) |